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大体自販機を見るとちいちゃい日番谷君には届かないんじゃ…とほくそ笑んだりする訳です。




<自動販売機>

『ほら!冬獅郎!早く決めろって!電車来ちゃうぞ!』
『うー…ぅん』

今日は冬獅郎の新しい帽子を買ってやろうと少し離れたアウトレットモールへ行く。
そのために電車に乗るのだが、駅まで二人で歩いて、ホームまで降りたとき、冬獅郎が『のどかわいた』と言い出した。
確かに今日は少し暖かい。
しかし夕方は冷えると思っていつものように厚着させたのだが、ここまで来るのにすっかり体が暖まってしまったようだ。
一枚薄着にした一護でさえ少し暑いと感じていた。

ホームにある自販機まで行き、ジュースをどれにしようか真剣に選ぶ冬獅郎。
どうやら、リンゴジュースか桃の甘ったるいジュースで悩んでいるようだが、早くしないと電車が来てしまう。

『決まったか?』
『えっと…いちごはなににするの?』
『俺はいいよ。お前好きなのにしていいぞ。残ったらもらうから』
『うん…じゃぁ…』

もう一度冬獅郎の視線が自販機へ戻ったとき、ホームにアナウンスが響いた。

『あ!冬獅郎電車来ちまう!ほらどれにすんだ?』
『あれ!』

ちっちゃな腕を思いっきりのばして指差すが、遠すぎてよくわからない。

『どれ?』
『あれ!赤いやつ!』

どうやらリンゴにするらしい。
一護は小銭を入れ、リンゴジュースのボタンを押そうとしたが、

『おれがおすの!いちごだっこ!』
『えぇ!ったく…早くしろよ!』

もたもたしていては乗り遅れてしまう。
次の電車は各駅停車なので目的地まで時間がかかるし、そもそも待つのが嫌だった。
そんなことはおかまいなしに、だっこしろと一護の足に纏わりつく冬獅郎。

軽い体を抱き上げて、自販機の一番上段にあるリンゴジュースのボタンに冬獅郎の手が届くようにしてやる。

『やっぱりももがいいかなぁ…』

迷いだした。
近くでパッケージを見ることので来た冬獅郎は、おいしそうに缶に描かれたももの絵に心を惹かれているようだ。

『どっちでもいいから早く!あ!電車来た!』
『いちご!とどかないぃ』

電車がホームに滑り込んできたのに慌てた一護は思わず振りかえってしまい、冬獅郎の手から自販機が遠ざかる。
『ごめん』と謝りながら、もう一度冬獅郎の体を近づけてやると、うれしそうにボタンに手を伸ばした。
が、一緒に足までばたつかせてしまったため、冬獅郎の靴の先が、自販機の3段あるボタンのうち一番したのホットのはちみつレモンのボタンに当たった。

ガタンと音がして、はちみつレモンが転がり出てきた。
冬獅郎は押そうとした桃のジュースのボタンの明かりが消えてしまったのに驚き、一護お振り返る。

『いちごーおせないよぉ?』
『あぁ!もう…お前の靴があたっちまったんだよ!もうこれでいいな!電車乗るぞ!』

一護はそういって、自販機から暖められたはちみつレモンを取り出し、冬獅郎を抱えたまま電車に飛び乗った。
すぐさま扉が閉まり、電車は動き出した。

『ふぅ…間に合った…』

中途半端な時間というのもあり、車内はガラガラで、手近な座席に冬獅郎と並んで座る。

『いちご、じゅーすは?』
『ほれ…あ…これホットだった。これでいいか?』
『え…!やだ!もものは?これやだよお!』
『仕方ねえだろ?お前の靴がボタン押しちまったんだから…』
『おれじゃないもん!おれおしてないもん!』
『でも、これしかねぇんだから我慢しろよ…』
『やだ!いらない!』

ぷぅっとほっぺを膨らませてすねてしまった。
靴のまま座席によじ上って窓の外を見ている。

『こら!靴は脱げ!』
『やだ!』

暴れる冬獅郎の靴を脱がせ、一護は手の中にあるはちみつレモンのペットボトルを開けた。
一口飲んでふぅっと息をついた。

『お前も飲むか?』
『いらないもん』
『うまいぞ?』
『いらない!』
『…ったく』

すっかりご機嫌斜めの子供は窓の外に神経を集中させようとしているようだが、一護の手の中にあるはちみつレモンが気になるようで、一護はちらちらと視線を感じる。
聞いてもどうせいらないと答えるだろうから、放っておいた。
一護は久しぶりに飲んだはちみつレモンが結構美味しく感じていたので、少しずつ飲んでいたのだが、半分ほど減りさめてきてしまったので、一気に飲んでしまおうかと蓋を開けて口に運ぼうとしたときだった。

『…あ!』

かわいらしい悲鳴が聞こえた。
ふと見ると、冬獅郎が一護が飲んでしまおうとしていたジュースをじっと見ている。
眉はへの字になって、今にも泣きそうな顔だ。

『なんだ…飲みたいのか?ほら…』
『い…いらないもん…』

いらないとはいいながら、先ほどまでの勢いはなく、声が尻すぼみになっていく。

『じゃあオレが飲んじまうからな』
『……』

なにも言わず目に涙を浮かべて一護をにらむ冬獅郎。

(泣くほど欲しいのかよ…)

いったん開けたふたを閉め、座席にちょこんと体育座りしている冬獅郎を抱き寄せた。
そして、小さな両手にはちみつレモンを持たせて、

『うまいぞ?』

と言ってやると、一護をじっと見上げてから飲み始めた。
相当喉が渇いていたようで、みるみる減って行く液体。

『ふぁ…』

可愛く息を吐き出しながらペットボトルから口を離す冬獅郎。
先ほどまでのすねた様子はどこへやら、すっかりご満悦な様子で一護を見た。

『いちご!これおいしー!なんのあじ?』

初めての味に感激したように、興奮気味で訊ねてくる。

『はちみつと、レモンを混ぜたやつだよ』
『れもん?すっっぱくないよ?』
『はちみつは甘いだろ?レモンのすっぱいのが消えるんだ』

適当に説明してやると、感動したように『はちみつはまほうなの?』
とうれしそうに聞いてくる。
それに再び適当に相づちをうっていると、すっかりはちみつレモンが気に入った冬獅郎は一気に飲み干してしまった。

もっと欲しいとせがませたが、車内では買えるはずもないので、降りてから買ってやることにした。
レモンと蜂蜜を買って帰って作ってみるのもいいかもしれない。

車内はだんだん混雑してきたので、一護は冬獅郎をきちんと座らせて靴を履かせた。
はちみつレモンのおかげですっかりご機嫌の冬獅郎は、一護と手をつなぎながら目的の駅までおとなしくしていてくれた。

ご褒美についたら真っ先にはちみつレモンを買ってやろう。
一護は冬獅郎に微笑みかけた。
冬獅郎一護を見上げて満面の笑みを浮かべた。





一時期流行ったなと思って。はちみつレモン。
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チョコケーキを遊子にもらってむさぼり食う。

チョコタ食べ過ぎて鼻血出しちゃう日番谷隊長とか萌え。




『どうしたの?黒崎くん!』

今日一日一護に付いて指導してくれていた先輩アルバイトの女子大生が休憩していた事務所から飛び出し、小さな子供を抱いた一護をみてびっくりしたような声を上げた。

『いや…!あの!すすすいません!!なんか…うわぁ…冬獅郎…頼むから泣き止んでくれよー…』
『うぁぁーん…』

一護の方が泣きたい気持ちで必死に冬獅郎の背中を撫で、落ち着かせようとするが、もはやパニックに陥っている冬獅郎にはなにも聞こえていない。

『あ…もしかして黒崎くんの弟?!どうしたの?一人で来たの?』
『え…?いや…まさか…こいつがここまで一人で来れる訳ないし…ってま…ま…まさかお前…!一人で来たのか?!!!!』
『とにかく事務所の中に入ろうよ。ここじゃ他のお客さんにも聞こえちゃうから…』
『は…はい』

一護はまだ泣き続けている冬獅郎を抱きかかえ直し、先輩スタッフに促されるまま事務所への扉をくぐる。
事務所の中にはオーナーやマネージャーといったお偉い方々の来店用に小さいが応接セットがあり、見た目より座り心地の良いソファーがならんでいる。
一護の面接もこの応接セットで行われた。

そこへ騒ぎを聞きつけた店長がやって来た。

『どうした黒崎!なにがあったんだ?』

普段はとても温厚で優しい店長が、何事かと血相を変えている。

『あ!店長!すみません…なんだかうちの弟が…』
『弟?この子か…家族の方は?一緒じゃないのか?』
『それが……こいつ一人みたいで…』
『一人?一人でここまで来たのかこの子は…!』

一護の胸で一通り泣いた冬獅郎は少しづつ落ち着きを取り戻し、今は相変わらず一護にしがみついたままだが、泣き止んでしゃくり上げる程度になっている。
回りには冬獅郎の知らない大人が沢山いて、少し怯えているようだったが、一護に抱かれて安心はしている様子だった。
きょろきょろと辺りを見回しながら、興味深げに自分を見ている大人達の視線に居心地悪そうに一護の腕の中でもぞもぞしている。

『黒崎店とりあえずここに座ろう…その子も可哀想だ』
『は…はい…すみません』

何か大きな客からのクレームや、怪我などの大事件ではなく、突然の可愛らしい客の来訪に店長も直ぐさま落ち着き、いつもの優しい表情に戻って立ち尽くした一護にソファに座るよう勧める。
普段はスタッフの休憩でここに座ることは禁じられているので、一護は面接時以来で、座り心地のなかなか良いソファに座ることとなった。
まず冬獅折るを抱いたまま店長の向かいに座り、しがみついて離れようとしない冬獅郎をなんとかひっぺがして隣に座らせた。
一護から離れたことで、不安になった冬獅郎は一護の制服の裾をきゅっと両手で掴んで真っ赤になってしまった大きな目で一護を見上げた。
一護は困ったように冬獅郎を見下ろしながら、店長に怒られるのでは…と内心びくびくしていた。
(まさかここまでくるなんて…)

『冬獅郎…くん?君一人でここまで来たの?』

店長が冬獅郎に柔らかく問いかける。
冬獅郎は知らない人から自分の名前を呼ばれびくっと身体をこわばらせたが、小さくこくんと頷いた。

『おま…!ほんとに一人で来たのか!オヤジは?遊子は?夏梨は???どうやってここまで来たんだよ!歩いてきたのか?ちゃんと家にいろって……』
『…だって…いちご…いち…ごが…ふぇ…』

ものすごい剣幕でまくしたてる一護に、すっかり泣き止んでいた冬獅郎の目にみるみる涙が溜まり、眉が下がってしまった。

『おい…そんなに怒っちゃ可哀想じゃないか…せっかく黒崎に会いにきたんだろ?しかしまあ…よく一人でここまできたもんだな…頑張ったんだな』
『店長…』

年齢よりだいぶ若く見える店長が、冬獅郎に向かってにっこりと笑いながら褒めてやると、『頑張った』という言葉に冬獅郎がぴくっと反応し、ちらりと店長を見て、ちっちゃく首を縦にに振った。

一護があまりに信じられない出来事に放心状態になっていたが、ちらりと視線を動かし、時計を見るとあと30分ほどで21時になるところだった。

『あ…店長…オレ仕事…』
『あ…あー…まだシフト時間内か』
『はい…皿洗っちまわないと…』
『そうだな…』
『あ!店長!あたし、あたしが黒崎くんのシフト代わりに入りますよ!』

入り口でずっと成り行きを見守っていた先輩スタッフが事務所の中に入って来た。
一護の残りのシフトを代わってくれるという。

『あ…いや大丈夫ですよ!ちゃんとオレ働きますから!』
『だって…とーしろーくん…どうするの?ひとりぼっちでほっておくの?』
『え…それは…』

口ごもる一護に冬獅郎が一層力を込めてしがみついてくる。
今にも泣きそうな顔をしている冬獅郎。
一護は困り果てて、冬獅郎と先輩スタッフ、そして店長の顔をかわるがわる見つめた。

『大丈夫よ!もうピーク終わったし、あたしこれから何も用事ないし、稼ぎたいし!』

にっこり笑ってそう言ってくれる先輩に、一護は申し訳無さそうにまだ断ろうと口を開きかけたが、そこへ店長が、

『じゃあそうしようか。黒崎にはまたいつかこの埋め合わせはしてもらうことにして、今日は代わってもらえ』
『あ…はい…ほんと…すみません…ありがとうございます』

店長にそこまで言われては一護はもう受け入れるしかなかった。
幸い夕食のピークはもう過ぎていて、後はピーク後の洗い物や、明日の仕込みといった仕事だった。
既に一護はそういった仕事は教わっていたので、今日新たに教わることはもう無い。

『店長!じゃああたし入店しますねー』

先輩の元気な声に一護はっ少しほっとして、隣にちょこんと座っている冬獅郎を見た。

不安そうに今までの会話を黙ってじっと聞いていた冬獅郎が、おずおずと一護の顔を見上げながら聞く。

『いちご…はたらくの?』
『あ…いや、今日の仕事はもう終わりになったよ』
『おわりなの?もうオレといっしょなの?』
『あぁ…そうだよ』

嬉しそうに笑顔になった冬獅郎の頭をがしがし撫でてやりながら、一護はあと一時間分稼げなかったな…と少しがっかりしていた。
しかし、冬獅郎がどれだけ不安な思いをして、頑張って自分に会いに来てくれたのかと思うと、金のことなんてすぐにどうでも良くなった。
よく見れば、どこかで転んだのか冬獅郎の膝に小さな擦り傷があったり、手や服は汚れているし、顔はさんざん泣いたせいで未だ涙と鼻水まみれだった。

『じゃ、黒崎さっさと着替えてこい。着替えたら冬獅郎くんとフロアにこいよ』
『あ…はい!』

店長はそう言い残して仕事に戻った。
一護はカバンからハンドタオルを出し、冬獅郎の顔や手を丹念に拭いてやる。
そして急いでバイトの制服から学校の制服に着替え、冬獅郎の手を引いて事務所を出た。
店長に言われた通り、フロアに行き、もう一度謝っておこうとレジカウンターにいる店長の元へ急ぐ。

『店長あの…ほんとすみませんでした!』
『いやいいよいいよ…別に悪いことしたわけじゃないし、ちょっとびっくりしたけどな』

そう言って笑う店長に一護はもう一度『すみません…』と頭を下げた。
一護の真似をして、冬獅郎もぺこりと頭を下げた。

『さ…帰ろう冬獅郎』
『うん』

帰ろうとした二人の横を、両手に料理の皿を持ったスタッフが通る。
その時冬獅郎のおなかがぐうぅ…と鳴った。

『……』

一護が手をつないだ先を見下ろすと、空いたもう片方の手でお腹を押さえて、今にもよだれを垂らしそうな顔で料理を運ぶスタッフを瞬きもしないで見つめる冬獅郎。

『お前店腹減ってんのか…』

ということは夕飯前に家を出たということか…と、一護は気づく。
何時間も町中を彷徨って、怖くて空腹にも気づかず歩き続け、やっと自分の尾元にたどり着き安心してお腹がすいたのか…となんだか切なくなった。

『早く帰って飯食おうな』
『……』

話しかけても、すっかり運ばれて行ったハンバーグを見つめる冬獅郎は全く反応がない。

そんな様子を見ていた店長が一護に向かって声をかける。

『黒崎!ちょっとあそこの席で待ってろ!』
『え?店長なんすか?』
『いいから!ほら早く座ってろ』
『はい…』

にこにこ笑いながら促す店長の言葉に従い一護は冬獅郎を連れて4人用のボックス席に座った。
向かい合わせに座ろうとしたが、冬獅郎が隣に座れと聞かないので横に腰掛ける。

先輩スタッフが水を運んで来てくれて、一護は礼を伝えコップの水を半分程飲んだ。
隣を見れば冬獅郎は小さな手でしっかりコップを持ってごくごくとすごい勢いで水を飲んでいる。
すぐに全て飲み干し、コップの中の氷までかじり始めている。

苦笑しつつすっかり元気になった冬獅郎に一護はほっとして自分の水を分けてやった。

しばらくすると二人の前に頼んでもいない料理が運ばれてくる。
一護の前にはサンドイッチとアイスコーヒーが、そして冬獅郎の前にはお子さまランチとオレンジジュースが。

『え…これって…』
『わぁ…一護ごはん!ごはんだ!』
『店長のおごりだってさ!よかったなーただ飯食えて!』

料理を運んで来てくれた男のスタッフが笑いながら空っぽになったコップに水を注いでくれた。
冬獅郎は目の前のお子さまランチに大喜びで歓声を上げ、『食べてもいーい?』と一護に聞いてくる。
一護はなんていいバイト先に巡り会えたんだと心の中で感謝し、きちんと言葉でもお礼をしてから、『食べていいぞ」と冬獅郎に許可をだした。

しかし冬獅郎は嬉しそうにお子さまランチを見つめなかなか食べようとしない。

『どした?食わないのか?』

サンドイッチを頬張りながら聞くと、

『すごいよいちご!これたくさんいろいろのってる!ぷりんものってる!』

そう言えば…前に家族で来た時は、冬獅郎はまだまだ家族になじめず、遊子にメニューを見せられても自分で選ばず、俯いていただけで。
仕方ないので遊子と同じホットケーキにしたのだが、待っている間となりのテーブルへ運ばれて行ったお子さまランチをじーっとうらやましそうに見ていたのを一護は思い出した。
ホットケーキはそれはそれで気に入ったらしかったが、やはり子供は色んなものが少しずつ詰め込まれたお子さまランチが好きなものだ。
初めてそれを目の前にしてもったいなくて手が付けられないようだった。
そんな姿が可愛くて愛らしくて、思わず一護は微笑んだ。

『ほらせっかく作ってもらったんだから早く食べないと』
『うん!』

一護に促されてようやくフォークを手に持ち、ハンバーグにフォークを突き刺したのに、なぜか手づかみで海老フライを口に運ぶという不可思議な行動に呆れつつも、よっぽどお腹がすいていたのか、次々と口の中に食べ物を運んでいる冬獅郎に一護もつられてサンドイッチを腹に詰め込んで行く。
夕飯は済ませたのだが、その後も働いていたので、これくらいは軽く食べれそうだった。

『いちご!』

名前を呼ばれて横をむくと、ハンバーグのデミグラスソースと、パスタのトマトソースと添えてあるポテトに付いているケチャップまみれのフォークに、ホイップがたくさん乗っかったプリンを乗せて、一護の方へ『あーん』といいながら差し出す冬獅郎。

『………あ…ありがと…』

ありがたくなんだかよくわからない味になったプリンを一護が食べると、冬獅郎は満足げに微笑み自分の食事にもどった。

一護は空になった自分の皿を脇に避け、アイスコーヒーをミルクだけ入れて飲みながら、未だお子さまランチを良くない意味でも三角食いをしている冬獅郎のオレンジジュースに、自分の使わないガムシロップを入れて混ぜてやる。
実はオレンジジュースは酸味が強くて冬獅郎は苦手だ。
だが甘くしてやれば飲む。

珍しく残さず食べた冬獅郎にジュースを飲ませながら、腕時計を見ると22時になろうとしていた。

『げ!やっべもうこんな時間じゃん!』

そしてあわててカバンからケータイを出すと、家に電話をかけようとして、一護の手が止まる。

着信履歴が夕方から今まで、全て家からの番号で埋まっていた。

『…すっげー怒られそう…』

心配しているだろう家族の顔が思い浮かび、もしかしたら全員で探してるかも…
捜索願まで出てたりとか…
ぐるぐる考えながら、とりあえず家に電話をかける。

すぐに出た遊子が、こちらの無事を告げると電話の向こうで泣き出しながらわめいている。
一護は必死になだめながら、すぐ帰ると伝え電話を切った。

ため息を付いて隣を見れば、口の回りを食べ数でよごしたまんまの冬獅郎の目が既にうつろだった。
腹が満たされて睡魔に襲われているらしい。

慌てて身支度を整え、店の外に出ると、ちょうどシフト上がりのスタッフが車で送ってくれるという。
ありがたく乗せてもらうことにして、帰路に着いた。

車ならものの5分程で家に帰れる。
すっかり夢の中の住人になってしまった冬獅郎をひざに乗せて、一護はあwただしかった一日を思い起こしていた。

来週からはどうしようか…。
またバイト先に冬獅折るが来ることが内容に対策を立てないと…。
一護の胸に顔を埋めてすーすーと寝息を立てる子供の頬をつつきながら尽きることの無いため息が漏れる。

間その外を流れる景色を眺めながら、一護はもう一度ため息をついた。












終わった……のかな…。
いっつも似たようなネタになってしまう…。
がんばろ…。








『ありがとうございました!』

レジカウンターから聞こえる元気な声。
一護はたった今会計を済ませ、店を出て行く二人連れの女性に挨拶をした。

『ふー…さて次は…』

アルバイトを始めて数日、やっと洗い物以外にフロアの仕事もさせてもらえるようになった一護は先ほど会計を済ませた客の食器を下げにテーブル席へ向かう。
そろそろ店内も満席に近いくらい混んでいる。
見渡すと禁煙席は既に満席だった。
早速皿やカップを重ねてトレイにせっせと乗せる作業を行っていると、同じアルバイトの大学生の女の子が手伝ってくれた。
一護よりもアルバイトは半年程先輩だ。

『黒崎くん今日はシフト長いね。大丈夫なの?家。小さい弟いるんじゃなかったけ?』
『え?あぁ…まぁそーなんスけど…』

一護がアルバイト初日、新人に高校生の男が入ったと女性アルバイトの中では一気に話題となり、あれやこれやと一護は質問攻めにあった。
なぜ女というものは人の家族構成をすぐ聞きたがるのか…と一護は不思議だったが、また聞かれても面倒なので、初めにしっかり答えておいたのだ。

『でも、まぁ妹とオヤジもいるし、ヘーキですよ』
『そっかたくさん兄弟いるんだもんねー。いいなぁー』

一人っ子だと言っていた女子大生は一護が食器を全てトレイの上に乗せると、ダスターでテーブルを拭きなじめた。

そんな話をしたせいで、一護は急に家にいるはずの冬獅郎のことが不安になり、電話でもかけようかと思ったが、あいにく休憩と夕飯の時間は終わってしまっていた。
さすがにあれだけ言い聞かせたし、大丈夫だろうと一護はやるべき仕事に戻った。


『…れすとらん…どこ…?』

冬獅郎はすっかり迷子になっていた。
迷子というより、最初から道なんてわかっていなかったので、ただ単に途方に暮れていた、という方が正しい。
たくさん歩いて、たくさん道路を渡って、たくさん曲がり角を曲がった。
住宅街から出て、商店が建ち並ぶ道をふらふらと歩き、また住宅街へ入る。
そんなことを繰り返しているうちに、日が暮れてしまった。

小さい子供が一人で歩いているのを不思議そうに見る人もいたが、近くに親がいるだろうとたいていはすぐに興味を無くし、視線をはずす。
迷子かな、と思った大人達も声をかけようとすると、冬獅郎はびっくりしてすぐに逃げてしまうので、深追いはされなかった。

どのくらい時間が経っただろうか…。
一番星に勇気づけられた冬獅郎の元気もすっかりしぼんでしまって、レストランを探す為に一生懸命回りを見ていた大きな瞳は今は足下しか映していない。

『いち…ご…ひっく…っっく』

だんだん自分がとんでもないことをしでかしたのでは…と不安になり、怖くなってなんども踞りそうになった。
見渡せど知らない家やお店ばかりだし、空はもう真っ暗で道路の街灯が照らしていないいところを歩いたらそこからどこかに落ちてしまうんじゃないかと思えて来た。
車のヘッドライトもなんだか怖いお化けに見えてくる。
もう家に帰る道すら分からなくなってから久しい。
このまま自分はもう一護には会えないんじゃないか、お家にも帰れなくて…もしかしたらしんじゃうんじゃないか…と怖くて怖くて仕方なくなってくる。

もう冬獅郎の小さな顔はおっきな目からぽろぽろ落ちる涙でぐしゃぐしゃになっていた。
何度も両手で拭うが、つぎからつぎから溢れて止まらない。

『いちごぉ…ふぇ…』

それでも足を止めることは無く、とぼとぼと歩いていた冬獅郎の目の前にやけに広い場所が現れた。
たくさん車があるようだ。

『?…』

なんだか見覚えがあるような気がして立ち止まる。
小さな冬獅郎からは並んだ車が邪魔して見えないが、奥には煌煌と明かりのついた建物があった。

以前みんなでレストランに来た時は昼間だったのでかなり印象が違うが、冬獅郎がホットケーキを食べたレストランにとうとう到着していたのだ。

それにまだ気づかない冬獅郎は今まで家ばかりがたくさん並んでいたのに、それが今度は車がたくさん並んでいるので不思議になって近づいてみる。
その時風が吹いて冬獅郎は首をすくめた。

『さむ…』

広い場所に出たので風通しがよく、上着を着ていない冬獅郎は寒さにやっと気づいた。
今まで怖くてそれどころではなかったのもあるが。
車と車の隙間に入り込むと風が遮られて少しあったかく感じた。
ちょっとだけ安心した冬獅郎はその場にしゃがみ込む。
何時間も歩き続けて足がとても痛かった。
寒くて痛くて、一度引っ込んだ涙がまた溢れ出して来た。

『うえぇ…』

遠くから話し声が聞こえ、複数の足音が近づいてくるのを冬獅郎は感じた。
何人かの大人が車に乗り込むところで、なんだか楽しそうに話をしている。
冬獅郎は別の車の影からその様子をじっと見ていたが、どうすることもできず、ただ隠れているだけだった。
やがて車は大きなエンジン音を響かせて走り出した。
大きな音に少し驚いた冬獅郎は、とっさにぎゅっと目をつぶる。
車の音が遠ざかったのを感じ、うっすらと目を開ける。
車が走り去ったことによって今まで遮られていた視界が開け、冬獅郎の目に大きな明るい建物が見えた。

『なんだろう…れすとらん…かなぁ…』

自分が以前行ったことのあるレストランとはちょっと違う気がしたが、こんな暗くて寒いところにいたくなくて、冬獅郎はふらふらとまぶしい明かりを目指して歩き出した。
その時、建物の裏の方から人が大きな袋を下げて出てくるのが見えた。
裏の方は暗くて良く見えないが、人影は大きな袋をどさりと地面に置くと一瞬明るい場所へ出て来た。

『あ!いちご!』

人影は一護だった。
冬獅郎は叫んだつもりだったが声は出ていなくて、一護は全く気がつかず、また暗い裏口へ戻り、扉を開けて中へ入ってしまった。

『や!やだ!いちご!!!』

今度はちゃんと声になったが、既に建物の中へ入ってしまった一護には聞こえない。
冬獅郎は痛い足のことも忘れ、一護が消えた扉まで走った。
背伸びをして裏口のドアノブを回そうとするが、内側から鍵がかかっていて開かない。
鍵がかかっているとは知らず、冬獅郎はうんうん唸りながら何度もノブを回すが、開くわけもなかった。

しばらくドアノブと格闘したが、扉はうんともすんとも言わず、冬獅郎は諦めノブから手を離した。

一護か中にいるのに!
でもなんどやっても扉は開かないので、冬獅郎は今度は表側に回ってみることにした。
明るい窓から中を覗いたら一護が気づいてくれるかもしれない。
そう思って覗ける窓を探したがどれもこれも小さな冬獅郎の身長では届かず、中をのぞくことが出来なかった。
だがぐるりと建物を一周してみると、地面まである大きなガラスを見つけた。

『じどうドアだ!』

近所のスーパーにもあった。
ここから中へ入れるんだ、と冬獅郎は嬉しくなって、自動ドアの前に立つ。

だが、大きなガラス扉はびくともしない。

『?』

大きなガラスを見上げ、一度後ろへ下がったり、ピョンと飛び跳ねてみる。
やっぱり開かなかった。
扉に手をついて、隙間に指を入れてみるが重いガラス扉はやはり少しも動かない。

冬獅郎が自動ドアの前で今日何度目かの放心状態になって立ち尽くしていると、
中から人がこちらに向かってくるのが見えた。
その人は自動ドアの向こうにある扉を開けて、冬獅郎の方へ近づいてくる。
そうすると冬獅郎があんなに頑張ったのに開かなかった自動ドアがいとも簡単に開いた。
中から出て来たのは大人の男だった。
入り口でドアを見上げている冬獅郎をちらりと見たが、すぐに外へ出て行ってしまう。
冬獅郎はその成り行きをじっと見ていたが、せっかく開いた自動ドアがしまりかけたのに気づき、するりと小さな身体を滑り込ませた。
自動ドアの中へどうやら入れたようだ。

『いちご!』

だがまだ難関が残っていた。
今度は重い扉を人力で引っ張って開けなければならない。
大きなレストランにはよくある設備だが、自動ドアを入るとまた扉があって、そこまでにタバコの自販機があったり、手洗い場があったりする小さな空間がある。
今まさに冬獅郎はそこにいた。
自動ドアも全面ガラスだし、反対側の扉も壁も全てガラスで出来ていたので、中がすっかり見える。
とりあえず大きな扉の取手に手をかけ引っ張ってみるが、重くて開けられそうもない。
全身で引っ張るがやはりこんな小さな子供の力ではどうにもならなかった。

『……!』

レジの横に棚があって、子供用のおもちゃやライターやガムなどの商品が並んでいる。
そこに一護が商品補充にやってきた。
冬獅郎はそれを見つけ、また果敢にも扉を引っ張ろうとするが、やっぱり開かない。
すぐそこに一護がいるのに…。
そう思ったら嬉しいやら、扉は開かないやらでだんだんパニックになってきた。
ガラス戸にどんどんと両手をぶつけ、『いちご!』となんどもなんども叫ぶ。

『ん?』

なんだか机を叩くような、大きな音が一護の耳に入って来た。
さすがに不審な騒音に一護は入り口を振り返る。

『……えぇっ?冬獅郎!!!!!!』

一護の目に信じられない光景が飛び込んできた。
全面ガラスの小さな空間にここにいるはずのない冬獅郎がいて、なにやら必死の形相で叫びながら壁を叩いている。
あまりに信じがたい出来事に一護はしばし放心していたが、動物園の檻の中の小動物よろしく狭いガラスの部屋で暴れている冬獅郎が現実のものだと悟ると、持っていたガムの箱を放り出し、ドアに駆け寄った。

『とととと…冬獅郎!!!なにやってんだお前!!!てかなんでここにいるんだ!!!』
『いちごぉ!!!』

ガラス戸を押して開けてやると檻から放たれた小動物は勢い良く飛び出し、一護に飛びついて来た。
と、同時に大きな声で泣き出してしまった。

『うあぁぁぁん!!』
『ちょ…!冬獅郎どうしたんだよ!なんで…ってオヤジ達は?おい?』
『ふえぇん…いちごぉ…!』

ひたすら一護にしがみついて泣き続ける冬獅郎を抱き上げて、質問攻めにするが、やっと一護に会えた冬獅郎はそれどころではない。
一護の店の制服をがっちり掴んで痛くてじんじんする足も一護の身体に絡め、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をエプロンに擦り付けて泣きじゃくる。

『…冬獅郎…?』

とりあえず冬獅郎の背中をなでながら、何事かと一護の方を見ている客達から隠れるようにパントリーへと向かう。
泣き声を聞きつけた他のスタッフ達も何かあったのかとパントリーや事務所から出て来た。















あれ…終わらない…
てゆうか腰が…腰が痛くてしにそーでつ…(泣)
カイロプラクティックを受けたのですが、それ以来腰が…壊れたwww
『一護!一緒にかえろーぜ!』

放課後、帰り支度をしていた一護にクラスメイトが声をかけてくる。
教科書をカバンに詰める手を止めず、一護は視線を上げ、

『わりぃ…今日からバイトなんだオレ』
『え?お前バイトすんの?なに?女でも出来た?』
『ちげーけど……』

興味深々な態度丸出しなクラスメイトに一瞥をくれ、一護は早々に教室を後にした。

アルバイト先のファミレスは一護の通う学校から歩いて15分程。
学校帰りの生徒もよく立ち寄るところなので、からかわれるのが心配だったが、他に良いバイト先も無かったのでここにした。
一護の家と学校、そしてバイト先の店を繋ぐときれいな三角形になる距離だった。
一度家に帰って自転車で通おうかとも思ったが、冬獅郎に見つかっては家を出ることが出来なくなるので、仕方なく歩いて通う。

(あいつへーきかな…)

我ながら過保護だとは思うが、あの不安そうに一護を見上げてくる大きな目を思い出すと心配にならずにはいられない。

なにはともあれ今日からアルバイトが始まる。
余計なことを考えずにまず仕事を覚えなくては…と一護は一度大きく頭を振った。


『とーしろーくん?ごはんだよ?』
『……』

幼稚園から帰り、大好きな一護の帰りを今か今かと待っている冬獅郎に、遊子がおずおずと声をかける。




日が沈んだあたりから冬獅郎は玄関のマットの上にちょこんと膝を抱えて座り、一護の帰りを待っていた。
すぐに勢いよく玄関が開いて、冬獅郎は弾かれたように顔を上げたが、すぐにその表情は曇った。

『ただいま!』

と元気に帰って来たのは夏梨。
夏梨は靴を脱いで、持っていたサッカーボールを玄関の隅に置き、マットの上に座っている冬獅郎に

『とーしろー!そんなとこいないであっち行こう!』

と手を引こうとするが、冬獅郎は小さな手を思い切り振り回し、夏梨の手を取ろうとはしない。
夏梨はすぐに諦め、ため息をつくと靴下を脱ぎながら『先にお風呂入るから』と言い残し浴室に消えた。

『いち…ごぉ…』

まだ時計の針の読めない冬獅郎だったが、遊子が台所にたち、夕ご飯の準備をし始める頃にはいつも一護が帰ってくるのは知っていた。
玄関まで夕食のいいにおいが立ちこめ、遊子が冬獅郎を呼ぶ為に玄関へ出て来た。


『おにいちゃんね、今日からアルバイトなの。だから少し帰りが遅くなるんだって。だから先にご飯たべよう?』
『いちご…まだかえってこないの?』
『うん…あと…何時間かすれば帰るからね?ご飯…食べよ?』
『…うん』

なんとか冬獅郎を玄関マットから引きはがし遊子は小さな手を引いてリビングへ戻った。
椅子に座らせてもうつむいたまま食べようとしない冬獅郎。
遊子と夏梨と一心と3人掛かりでなんとか食べさせた。
ほとんど残してしまったが。
もういらないのかと聞くと、一護の分だと言って蓋の代わりなのか新聞を持って来て、自分の残した食事の上にかけた。
しょうがないのでしばらくそんままにしておくことにし、遊子は他の食器を片付け始めた。

その後はまた玄関へ行こうとする冬獅郎を夏梨が引き止め、一緒にソファに座らせてテレビをつけた。
冬獅郎はずっと玄関へ続く扉を気にしているようで、ずっと落ち着かなかった。


『ただいまー…』

玄関の開く音とともに聞こえた声に、ソファの上でクッションを抱きしめてじっとしていた冬獅郎がパッとソファから飛び降り、玄関へ向かって走った。

『いちご!』

玄関に座ってスニーカーの紐をほどいていた一護の背中に冬獅郎は飛びつき、一護はその衝撃でつんのめりかけた。

『うわっ!冬獅郎!まだ寝てなかったのか…』
『いちご!おそぉい!』
『ごめん…冬獅郎、飯はちゃんと食ったか?』
『くった!いちごは?いちごのごはんオレとっといた』
『とっといた?お前また残したのか?ダメだぞちゃんと食べないと…おっきくなれないぞ?』
『いーの!いちごのごはん!』
『…そっか…ありがとな』

自分はバイト先で夕食を済ませて来たのだが、もう一度晩飯を食べることになりそうだと一護は軽くため息をつき、必死に足にしがみついてくる小さな身体を抱き上げた。
そうすると一護の首筋に小さな頬がすり寄って来る。
ふわふわの髪がくすぐったい。

服を着替えリビングに行くと、テーブルの上には広げられた新聞があり、その下にどうやら冬獅郎がとっておいてくれたらしい一護の食事。
ぱたぱたとテーブルに走り寄り、新聞をばさりとめくってくれる冬獅郎。
そのまま椅子に座って、『早く食べろ』と言わんばかりに一護を見ている。
しょうがないので冬獅郎の残した冷めきった夕食を腹に押し込んだ。

『おい…冬獅郎もう寝なきゃじゃんか…風呂は?』
『いちごとはいるもん』
『はいはい』

時間を見ればもう22時を回ろうとしていた。
バイトが21時までなので当たり前といえばそうなのだが。
こんな時間まで起きていては明日の朝が大変だ。

慌てて風呂に入れたが、湯船に浸かっている途中で、冬獅郎は眠くなったのか一護の膝の上で寝入ってしまった。

(やべーなー…こんなん続いたらたいへんだぞ…)

しかし、今日から始めたばかりのバイトをやめる訳にもいかない。
冬獅郎が早くこの環境に慣れてくれるのを待つしか無かった。
すっかり眠ってしまった冬獅郎を抱え風呂から上がる。

初めてのバイトで一護も疲れてはいたが、明日の予習と宿題も片付けねばならなかったので、冬獅郎をベッドに寝かせ、盛大に欠伸をしながら机に向かった。

明日もバイトだ。自分も早くこの状況に慣れなければ…と一護は思いながら数学のノートをめくった。


次の日も全く同じ状態だった、
相変わらず冬獅郎は玄関で一護を待ち、夕食をほとんど一護の為にと残す。
そしてその次の日も同じだった。

アルバイトを入れていない日、早く帰った一護は玄関先にしゃがみ込んでいる冬獅郎を見つけ、驚いて駆け寄った。

『おかえりいちごー』
『何してんだよ!風邪でもひいたらどうすんだ!』

抱きついてくる冬獅郎の小さな背中を撫でながら、遊子から聞いていたことが本当だったと確認した一護。
しかしさすがに外まで出てくるとは…。
いくら春になって多少暖かくなったとはいえ、夕方はまだまだ冷えるし、何より郊外とは言っても、いつどこに変な輩が現れるか分かったもんじゃない。

『冬獅郎?ちゃんと家の中にいなきゃだめだぞ?病院が終わるまでならいいけど…病院終わったら家の中にいるんだぞ?』
『うん…でも…』
『でも?』
『いちごいっつもおそいから…いちごさらわれちゃうから』
『な…』

自分が心配していることと同じ心配をこの子供はしていた。
そんな優しい冬獅郎に一護は胸が熱くなったが、そんなことよりこの子の方が心配だ。

『冬獅郎?オレは大丈夫だから…あのな?一回みんなでレストラン行ったろ?』
『れすとらん?』
『ほら…冬獅郎がおっきなホットケーキ食べたろ?遊子と同じの』
『!たべた!おっきいほっとけーき!』
『そうそう、オレ今あそこで働いてるんだよ。だから帰りが少し遅くなるんだ』
『いちご…はたらいてんの?』
『そうだ。それにごはんも食べさせてもらってるから、冬獅郎は自分の分しっかり食べていいんだぞ』
『いちごほっとけーきたべてんのか?』
『え…?あぁ…まぁ違うけど…今度買って来てやるからな?だから冬獅郎はちゃんとご飯食べて、お風呂入って寝てるんだぞ?』
『…うん』

ホットケーキの話を聞いて少し明るくなった冬獅郎の表情がまた曇る。

『いちご…またおそくかえってくる?』
『うん…ごめんな…明日は遅いんだ』
『ふーん…』

すっかり項垂れてしまった冬獅郎を一護は困ったように見つめていたが、立ち上がって冬獅郎を促し家に入った。

そして、やはり一護がいれば冬獅郎はよく食べて、さっさと一護と一緒に風呂に入り、きちんと20時には寝てくれた。

『さすがだね…いちにぃ…』
『ほんとーにおにーちゃんの言うことはよく聞くねぇ…』
『感心してる場合じゃねーだろよ…このまんまじゃあいつなにすっかわかんねーし』
『そうなんだけどね…』
『明日は冬獅郎くんの好きな夕ご飯にするね!オムライスでいいかな』
『あぁ…頼んだぜ。明日はオレ少しバイト長いから…』

明日は金曜日ということで、夜はレストランも混雑が予想された。
なので一護は店長に頼まれ、高校生が働けるぎりぎりの22時までシフトを入れたのだった。
だがそのかわり土日は大学生が多数シフトを入れることもあって、一護は休みにしてもらっていた。
冬獅郎とたくさん遊んでやろうと少し浮かれてもいた。
だから、夕方自分が余計なことを冬獅郎に教えてしまっていたことにも気づいていなかった。


金曜日放課後早速一護はアルバイト先へ向かっていた。
だんだんと仕事にも慣れて来て、皿洗いだけでなくホールにも出してもらえるようになっていた。
まだまだ覚えることも沢山あって大変だったが、全ては来月の家族旅行のため。
喜ぶ冬獅郎の顔が見れるなら皿の100枚や200枚いくらでも洗ってやれる気がした。
俄然やる気になって、バイト先のレストランの裏口から元気に『おつかれさまです!』と中に入って行く一護だった…。

その頃、またしても冬獅郎は玄関先でしゃがんで一護の帰りを待っていた。
まだ病院は開いているので、一心は冬獅郎を心配しながらも、患者が出入りするし、窓から小さな背中が見えるので、目を離さないように注意しながら仕事に励んでいた。

『いちご…』

玄関先に生えた雑草をぶちぶち千切りながら一護の帰りを待つ冬獅郎。
その時黒崎医院の前を自分と同じくらいの子供と母親が手をつないで歩くのが見えた。
楽しそうに歩く親子の会話が聞こえる。

『ママ!今日はパパお迎えに行くの?』
『そうね…パパ今日はみんなでご飯食べに行こうって言ってたからお家帰って着替えたらパパのお迎え行きましょうね』
『うん!パパのお迎え!』

そんな楽しそうな会話をききながら、はっとしたように冬獅郎は顔を上げた。

『いちご…おむかえ…』

そう呟いた冬獅郎は立ち上がって、握っていた草から手を離し、ふらふらと門の方へ歩いていった。
その時一心はちょうど横になった患者の子供の具合を見ていて、窓は後ろで全く見えない。
冬獅郎が門を出て行ったのに気づくのはだいぶ時間が経ってからのことになる。


冬獅郎はよたよたと門を出て道路を歩きながら、前にみんなで行ったレストランの場所を目指していた。
…といってもその時は車で行ったし、うっすらと覚えているのはレストランの外観と広い駐車場。それにホットケーキだった。
道順なんてものはさっぱりわからなかったが、そんなことより一護のおむかえに行って一護を喜ばせたかった。
そして何より自分が一護に早く会いたかった。
昨日一護はいつもより帰りが遅くなると言っていた。
どのぐらい遅いんだろう。
夜になって、夜が終わって朝になってからだろうか。
それとももう一回夜が来ないと一護は帰ってこないのでは…と考えながら一護の帰りを待っていたのだ。
しかし、家の前を通った親子の会話を聞いたのと、一護がいる場所は一護自身から聞いていたので、自分から会いに行けばいいのだ…と小さな子供は思いついたのだ。

冬獅郎が家からいなくなったのはまだ日が傾きかけた頃。

一護が必死にレストランの夜のピークに合わせ仕込みをしている頃。
遊子が学校の宿題を終わらせて夕食の支度でも始めようかと思っていた。
夏梨はまだ河原で仲間とサッカーをやっている時間。
一心は転んで膝とおでこを思いっきり擦りむいた子供の手当をしていた。


冬獅郎は自分の記憶にあるレストランの外観だけを頼りに、一護のアルバイト先を目指す。
一護に会いたい一心で、近所の怖い犬の前も頑張って通過した。
怖かったけどたくさん車の通る大きな道路もなんとか渡った。
きょろきょろと周りを見渡しながらレストランを探す。
小さな冬獅郎の足では30分はかかってしまうであろうレストランはまだまだ遠い。

少し家から離れてしまって不安になったが、ちっちゃな手をぎゅっと握りしめ、『いちごのおむかえにいくんだ!』と気合いを入れる。

だんだんと夕日が沈んで辺りが暗くなってくる。
大きな空に一番星がきらきらと輝いて小さな子供を勇気づけてくれた。




長いな…。続く。

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