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『一護!一緒にかえろーぜ!』

放課後、帰り支度をしていた一護にクラスメイトが声をかけてくる。
教科書をカバンに詰める手を止めず、一護は視線を上げ、

『わりぃ…今日からバイトなんだオレ』
『え?お前バイトすんの?なに?女でも出来た?』
『ちげーけど……』

興味深々な態度丸出しなクラスメイトに一瞥をくれ、一護は早々に教室を後にした。

アルバイト先のファミレスは一護の通う学校から歩いて15分程。
学校帰りの生徒もよく立ち寄るところなので、からかわれるのが心配だったが、他に良いバイト先も無かったのでここにした。
一護の家と学校、そしてバイト先の店を繋ぐときれいな三角形になる距離だった。
一度家に帰って自転車で通おうかとも思ったが、冬獅郎に見つかっては家を出ることが出来なくなるので、仕方なく歩いて通う。

(あいつへーきかな…)

我ながら過保護だとは思うが、あの不安そうに一護を見上げてくる大きな目を思い出すと心配にならずにはいられない。

なにはともあれ今日からアルバイトが始まる。
余計なことを考えずにまず仕事を覚えなくては…と一護は一度大きく頭を振った。


『とーしろーくん?ごはんだよ?』
『……』

幼稚園から帰り、大好きな一護の帰りを今か今かと待っている冬獅郎に、遊子がおずおずと声をかける。




日が沈んだあたりから冬獅郎は玄関のマットの上にちょこんと膝を抱えて座り、一護の帰りを待っていた。
すぐに勢いよく玄関が開いて、冬獅郎は弾かれたように顔を上げたが、すぐにその表情は曇った。

『ただいま!』

と元気に帰って来たのは夏梨。
夏梨は靴を脱いで、持っていたサッカーボールを玄関の隅に置き、マットの上に座っている冬獅郎に

『とーしろー!そんなとこいないであっち行こう!』

と手を引こうとするが、冬獅郎は小さな手を思い切り振り回し、夏梨の手を取ろうとはしない。
夏梨はすぐに諦め、ため息をつくと靴下を脱ぎながら『先にお風呂入るから』と言い残し浴室に消えた。

『いち…ごぉ…』

まだ時計の針の読めない冬獅郎だったが、遊子が台所にたち、夕ご飯の準備をし始める頃にはいつも一護が帰ってくるのは知っていた。
玄関まで夕食のいいにおいが立ちこめ、遊子が冬獅郎を呼ぶ為に玄関へ出て来た。


『おにいちゃんね、今日からアルバイトなの。だから少し帰りが遅くなるんだって。だから先にご飯たべよう?』
『いちご…まだかえってこないの?』
『うん…あと…何時間かすれば帰るからね?ご飯…食べよ?』
『…うん』

なんとか冬獅郎を玄関マットから引きはがし遊子は小さな手を引いてリビングへ戻った。
椅子に座らせてもうつむいたまま食べようとしない冬獅郎。
遊子と夏梨と一心と3人掛かりでなんとか食べさせた。
ほとんど残してしまったが。
もういらないのかと聞くと、一護の分だと言って蓋の代わりなのか新聞を持って来て、自分の残した食事の上にかけた。
しょうがないのでしばらくそんままにしておくことにし、遊子は他の食器を片付け始めた。

その後はまた玄関へ行こうとする冬獅郎を夏梨が引き止め、一緒にソファに座らせてテレビをつけた。
冬獅郎はずっと玄関へ続く扉を気にしているようで、ずっと落ち着かなかった。


『ただいまー…』

玄関の開く音とともに聞こえた声に、ソファの上でクッションを抱きしめてじっとしていた冬獅郎がパッとソファから飛び降り、玄関へ向かって走った。

『いちご!』

玄関に座ってスニーカーの紐をほどいていた一護の背中に冬獅郎は飛びつき、一護はその衝撃でつんのめりかけた。

『うわっ!冬獅郎!まだ寝てなかったのか…』
『いちご!おそぉい!』
『ごめん…冬獅郎、飯はちゃんと食ったか?』
『くった!いちごは?いちごのごはんオレとっといた』
『とっといた?お前また残したのか?ダメだぞちゃんと食べないと…おっきくなれないぞ?』
『いーの!いちごのごはん!』
『…そっか…ありがとな』

自分はバイト先で夕食を済ませて来たのだが、もう一度晩飯を食べることになりそうだと一護は軽くため息をつき、必死に足にしがみついてくる小さな身体を抱き上げた。
そうすると一護の首筋に小さな頬がすり寄って来る。
ふわふわの髪がくすぐったい。

服を着替えリビングに行くと、テーブルの上には広げられた新聞があり、その下にどうやら冬獅郎がとっておいてくれたらしい一護の食事。
ぱたぱたとテーブルに走り寄り、新聞をばさりとめくってくれる冬獅郎。
そのまま椅子に座って、『早く食べろ』と言わんばかりに一護を見ている。
しょうがないので冬獅郎の残した冷めきった夕食を腹に押し込んだ。

『おい…冬獅郎もう寝なきゃじゃんか…風呂は?』
『いちごとはいるもん』
『はいはい』

時間を見ればもう22時を回ろうとしていた。
バイトが21時までなので当たり前といえばそうなのだが。
こんな時間まで起きていては明日の朝が大変だ。

慌てて風呂に入れたが、湯船に浸かっている途中で、冬獅郎は眠くなったのか一護の膝の上で寝入ってしまった。

(やべーなー…こんなん続いたらたいへんだぞ…)

しかし、今日から始めたばかりのバイトをやめる訳にもいかない。
冬獅郎が早くこの環境に慣れてくれるのを待つしか無かった。
すっかり眠ってしまった冬獅郎を抱え風呂から上がる。

初めてのバイトで一護も疲れてはいたが、明日の予習と宿題も片付けねばならなかったので、冬獅郎をベッドに寝かせ、盛大に欠伸をしながら机に向かった。

明日もバイトだ。自分も早くこの状況に慣れなければ…と一護は思いながら数学のノートをめくった。


次の日も全く同じ状態だった、
相変わらず冬獅郎は玄関で一護を待ち、夕食をほとんど一護の為にと残す。
そしてその次の日も同じだった。

アルバイトを入れていない日、早く帰った一護は玄関先にしゃがみ込んでいる冬獅郎を見つけ、驚いて駆け寄った。

『おかえりいちごー』
『何してんだよ!風邪でもひいたらどうすんだ!』

抱きついてくる冬獅郎の小さな背中を撫でながら、遊子から聞いていたことが本当だったと確認した一護。
しかしさすがに外まで出てくるとは…。
いくら春になって多少暖かくなったとはいえ、夕方はまだまだ冷えるし、何より郊外とは言っても、いつどこに変な輩が現れるか分かったもんじゃない。

『冬獅郎?ちゃんと家の中にいなきゃだめだぞ?病院が終わるまでならいいけど…病院終わったら家の中にいるんだぞ?』
『うん…でも…』
『でも?』
『いちごいっつもおそいから…いちごさらわれちゃうから』
『な…』

自分が心配していることと同じ心配をこの子供はしていた。
そんな優しい冬獅郎に一護は胸が熱くなったが、そんなことよりこの子の方が心配だ。

『冬獅郎?オレは大丈夫だから…あのな?一回みんなでレストラン行ったろ?』
『れすとらん?』
『ほら…冬獅郎がおっきなホットケーキ食べたろ?遊子と同じの』
『!たべた!おっきいほっとけーき!』
『そうそう、オレ今あそこで働いてるんだよ。だから帰りが少し遅くなるんだ』
『いちご…はたらいてんの?』
『そうだ。それにごはんも食べさせてもらってるから、冬獅郎は自分の分しっかり食べていいんだぞ』
『いちごほっとけーきたべてんのか?』
『え…?あぁ…まぁ違うけど…今度買って来てやるからな?だから冬獅郎はちゃんとご飯食べて、お風呂入って寝てるんだぞ?』
『…うん』

ホットケーキの話を聞いて少し明るくなった冬獅郎の表情がまた曇る。

『いちご…またおそくかえってくる?』
『うん…ごめんな…明日は遅いんだ』
『ふーん…』

すっかり項垂れてしまった冬獅郎を一護は困ったように見つめていたが、立ち上がって冬獅郎を促し家に入った。

そして、やはり一護がいれば冬獅郎はよく食べて、さっさと一護と一緒に風呂に入り、きちんと20時には寝てくれた。

『さすがだね…いちにぃ…』
『ほんとーにおにーちゃんの言うことはよく聞くねぇ…』
『感心してる場合じゃねーだろよ…このまんまじゃあいつなにすっかわかんねーし』
『そうなんだけどね…』
『明日は冬獅郎くんの好きな夕ご飯にするね!オムライスでいいかな』
『あぁ…頼んだぜ。明日はオレ少しバイト長いから…』

明日は金曜日ということで、夜はレストランも混雑が予想された。
なので一護は店長に頼まれ、高校生が働けるぎりぎりの22時までシフトを入れたのだった。
だがそのかわり土日は大学生が多数シフトを入れることもあって、一護は休みにしてもらっていた。
冬獅郎とたくさん遊んでやろうと少し浮かれてもいた。
だから、夕方自分が余計なことを冬獅郎に教えてしまっていたことにも気づいていなかった。


金曜日放課後早速一護はアルバイト先へ向かっていた。
だんだんと仕事にも慣れて来て、皿洗いだけでなくホールにも出してもらえるようになっていた。
まだまだ覚えることも沢山あって大変だったが、全ては来月の家族旅行のため。
喜ぶ冬獅郎の顔が見れるなら皿の100枚や200枚いくらでも洗ってやれる気がした。
俄然やる気になって、バイト先のレストランの裏口から元気に『おつかれさまです!』と中に入って行く一護だった…。

その頃、またしても冬獅郎は玄関先でしゃがんで一護の帰りを待っていた。
まだ病院は開いているので、一心は冬獅郎を心配しながらも、患者が出入りするし、窓から小さな背中が見えるので、目を離さないように注意しながら仕事に励んでいた。

『いちご…』

玄関先に生えた雑草をぶちぶち千切りながら一護の帰りを待つ冬獅郎。
その時黒崎医院の前を自分と同じくらいの子供と母親が手をつないで歩くのが見えた。
楽しそうに歩く親子の会話が聞こえる。

『ママ!今日はパパお迎えに行くの?』
『そうね…パパ今日はみんなでご飯食べに行こうって言ってたからお家帰って着替えたらパパのお迎え行きましょうね』
『うん!パパのお迎え!』

そんな楽しそうな会話をききながら、はっとしたように冬獅郎は顔を上げた。

『いちご…おむかえ…』

そう呟いた冬獅郎は立ち上がって、握っていた草から手を離し、ふらふらと門の方へ歩いていった。
その時一心はちょうど横になった患者の子供の具合を見ていて、窓は後ろで全く見えない。
冬獅郎が門を出て行ったのに気づくのはだいぶ時間が経ってからのことになる。


冬獅郎はよたよたと門を出て道路を歩きながら、前にみんなで行ったレストランの場所を目指していた。
…といってもその時は車で行ったし、うっすらと覚えているのはレストランの外観と広い駐車場。それにホットケーキだった。
道順なんてものはさっぱりわからなかったが、そんなことより一護のおむかえに行って一護を喜ばせたかった。
そして何より自分が一護に早く会いたかった。
昨日一護はいつもより帰りが遅くなると言っていた。
どのぐらい遅いんだろう。
夜になって、夜が終わって朝になってからだろうか。
それとももう一回夜が来ないと一護は帰ってこないのでは…と考えながら一護の帰りを待っていたのだ。
しかし、家の前を通った親子の会話を聞いたのと、一護がいる場所は一護自身から聞いていたので、自分から会いに行けばいいのだ…と小さな子供は思いついたのだ。

冬獅郎が家からいなくなったのはまだ日が傾きかけた頃。

一護が必死にレストランの夜のピークに合わせ仕込みをしている頃。
遊子が学校の宿題を終わらせて夕食の支度でも始めようかと思っていた。
夏梨はまだ河原で仲間とサッカーをやっている時間。
一心は転んで膝とおでこを思いっきり擦りむいた子供の手当をしていた。


冬獅郎は自分の記憶にあるレストランの外観だけを頼りに、一護のアルバイト先を目指す。
一護に会いたい一心で、近所の怖い犬の前も頑張って通過した。
怖かったけどたくさん車の通る大きな道路もなんとか渡った。
きょろきょろと周りを見渡しながらレストランを探す。
小さな冬獅郎の足では30分はかかってしまうであろうレストランはまだまだ遠い。

少し家から離れてしまって不安になったが、ちっちゃな手をぎゅっと握りしめ、『いちごのおむかえにいくんだ!』と気合いを入れる。

だんだんと夕日が沈んで辺りが暗くなってくる。
大きな空に一番星がきらきらと輝いて小さな子供を勇気づけてくれた。




長いな…。続く。

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