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いくら大雪って言ってもね…所詮関東では雪うさぎすら作れないんだよね…。
びちゃびちゃで凍って危ないだけだ…。






雪うさぎ


『冬獅郎!朝だぞ!ほらもう起きろ!』

冬獅郎は一度寝たらほぼ自力で目覚めることはほとんどない。
毎日起こすのだけで大変だ。
うんうん唸っているだけで、なかなか目を開けてくれない。
とっくにオレを含めた家族全員が朝飯を終え、一息も二息もついたというのに…。

昨日から降り始めた雪は相当積もるかと予想されたが、夜も早いうちにやんでしまったようで、ほとんど積もることはなかった。
昨日安和に雪だるま作りを楽しみにしていた冬獅郎だったので、起こして現実を見せるのはかなり可哀想ではあったが、だからといっていつまでも寝かせておく訳にはいかない。

『もー!はやくしねぇとお前の朝飯食っちまうぞ!』
『ふぅ…ぁあ…』
『ったく…』

寝言のような欠伸のような不可解な言葉を発しながら、なんとか目を開けようと必死なようだ。
そんな姿に苦笑しつつ、オレはあったかい小さな身体を抱き上げた。

『ふぁ…いち…ご?……おあよぅ』
『おはよう、冬獅郎』
『ふぁぁ…』

小さな口を大きく開けて盛大な欠伸。
愛らしいその姿にオレは思わず頬ずりをした。
やっと周りが見えるようになったらしい大きな目できょろきょろと当たりを見回す冬獅郎。

『どした?』
『いちご!ゆきは?』
『あぁ…』

気が進まないが仕方ない…。
オレは冬獅郎を抱っこしたまま窓際へ寄り、鍵を外して窓を開けた。
途端に吹き込む冷たい風に冬獅郎は首を竦ませ、オレの服をぎゅっと掴んでくる。

『さむ……あ…』
『晴れちゃったな…』

オレの服をしっかり握りながら外を見た冬獅郎が、がっかりしたような声を出した。
既に太陽が照っていて、昨夜降り積もった雪を、どんどん溶かしていた。
道路はすっかり濡れただけになっているし、屋根からはぽたぽたと雪が溶けた水が滴り落ちている。

『とけちゃった…ゆきすこうししかないよ…』
『だな…』
『これじゃ雪だるまつくれないよぉ…』
『……』

あんまりにも悲しそうに項垂れてしまった冬獅郎に、オレはなんて言っていいか分からず、小さな身体を抱きしめ、冷たい風の吹き込んでくる窓を閉めた。
少し冷えてしまった冬獅郎に上着を着せかけ、ベッドへ座らせる。

『残念だったな…でもまたきっと降るよ!こんなに毎日寒いんだしさ!』
『ぅん…』

しゅんとしてしまった冬獅郎。
でも実は、昨日オレが寝る時に雪はやんでしまっていたので、こうなることは予想できた。
だから、夜のうちに冬獅郎の為に作っていたものがあるのだが、こんなに落ち込んでしまっていては喜んでくれるかどうか分からない…。
溶けないように日陰においておいたのだが、早くしないとさすがにそれ溶けはじめてしまう。

『冬獅郎!お前にプレゼントがあるんだ』
『ぷれぜんと?』

たどたどしく問い返してくる。
プレゼントという言葉で多少は冬獅郎の顔が明るくなったが、まだ悲しそうでオレまで辛くなる。

『あぁ、でも早くしないとなくなっちゃうから、急いでご飯たべてくれるか?』
『なくなるの?きえちゃうの?』
『うん、きっと早く早くって冬獅郎のこと待ってるよ!』
『とーしろーのこと待ってるの?』

だんだん冬獅郎の目がきらきらしてきた。
きゅっとパジャマの袖をつかんで、期待するようにオレを見上げてくる。
とてつもなく可愛いその姿に、オレも早くプレゼントを見せたくて、冬獅郎をせかし、服を着替えさせる。
晴れたと言っても、外はとても寒いので、いつもより一枚厚着させた。

顔を洗ってやって、リビングへ向かう。

『あ、冬獅郎くんおはよ!パン今焼けるからね』
『お…おはよ』

オレたちのやかましい足音で遊子がちょうど良いタイミングで冬獅郎の朝ご飯を用意してくれていた。

焼けたパンに冬獅郎の好きなイチゴジャムをたくさん塗ってやり、手渡すと小さな手でつかんだそれを思いっきりかじりつく。
口の周りがジャムまみれだ。
何度拭ってやっても同じなので、冬獅郎の手からパンが離れるまで待つ。
パンに飽きて、ココアに手が伸びようとしたところで顎を掴んでこちらを向かせ、ほっぺにたくさん付いたジャムを指で拭い取り、オレはそれを舐めた。
なんとか朝食を済ませ、満腹でふうっと息をついた冬獅郎を横目に見ながら食器を片付ける。

『よし!冬獅郎!外行くぞ!』
『うん』

嬉しそうにオレについてくる冬獅郎に手袋をはめ、マフラーを巻いてやって、外へ出る。
やはり日が出ていても昨日あれだけ雪が降っただけあってかなり寒かった。

『さむいなー』
『さむいぁー』
『冬獅郎!こっちだよ』

普段はあまり行かない家の裏手に、オレと冬獅郎は向かった。
まだ溶けてないといいのだが…
先を歩いていたオレが、目的の物がまだちゃんと溶けずに残っているのを確認して、振り返り、冬獅郎をふわりと抱き上げた。

『うぁ…いちご!なに?』
『へへ…冬獅郎?目つぶって?オレがいいって言うまで開けちゃだめだぞ?』
『めつむるの?』
『ほら』

ぎゅっと冬獅郎の可愛い目が閉じられたのを確認し、オレは冬獅郎を前に立たせ、後ろから支えてやった。

『よしいいぞ!目開けて?』
『ん…』

そーっと閉じられた瞼を開ける冬獅郎。

目の前には二つの雪の塊。
一つはオレの手のひら程の、一つは冬獅郎の手のひら程の。
二つの雪うさぎ。

『わぁぁ…うさぎ?これゆきでつくったうさぎ?ねぇ!いちご!』

興奮した様子の冬獅郎が二つ並んだまぁるい雪うさぎの元へ駆け寄り、あちこちから眺めながら、その周りをぐるぐる回っている。
その嬉しそうな様子にオレはほっとした。
あんなに雪だるま作りを楽しみにしていたから、こんなうさぎなんかじゃ喜んでくれないかも…と内心不安だったから…、
しかし、オレの心配をよそに、『かわいい!』とか『これ、いちごとおれ?』とか
とても嬉しそうに声を弾ませている。

と、その時屋根から雪解け水が冬獅郎の頭にぽたっと落ちた。

『うぁ!つめたーい』
『だいじょぶか?』

オレは直ぐさま駆け寄って冬獅郎のふわふわの髪を拭いてやる。

『へーき……ね…いちご』
『ん?なんだ?』
『このうさぎも、もうすぐとけちゃう?』
『…あ…そうだな…』
『かわいそう…』
『ん…しかたないよ』

うさぎのそばにしゃがみ込んで小さな手で二つのうさぎを交互に撫でている冬獅郎。
そんな姿にオレはなんとかならないかと頭をひねった。
……そうだ、あそこなら…。

『冬獅郎!うさぎ達、家の中つれて行こうぜ!』
『いえのなか?…だっていえはあったかいよ。とけちゃうよ』
『だーいじょうぶ!オレに任せとけって!ほら、冬獅郎の大好きなアイスがはいってるとこ!』
『…アイス……あ!』

アイスと聞いてしばらく考え込んでいた冬獅郎が、ぱぁっと顔を輝かせ、嬉しそうに笑う。

『よし早速持って行くぞ?冬獅郎ちっちゃい方持ってくれるか?』
『うん!もつ』

そーっとそーっと壊さないようにうさぎを地面から拾い上げる。
冬獅郎はといえば、本当に大事そうにうさぎを両手に乗せて、真剣な顔をしてゆっくり運んでいる。
あまりにも真剣なので、思わずオレは笑ってしまった。

『冬獅郎!お前うさぎとにらめっこしてるみたいだぞ?』
『…え?…』

オレに笑われてたのにも気づいてなかったのか、きょとんとした顔でオレを見る冬獅郎が『なに?』と聞き返してくる。

『なーんでもねぇよ。』

二人でなんとかうさぎを無事に家の中まで運び、後は遊子に見つからないように冷凍庫へ入れるだけだ。
幸い遊子は2階の部屋の掃除をしているようで、上から掃除機の音が聞こえてくる。

『よし!今だ!』
『おう』

冬獅郎用にリビングから椅子を持ってきて、片手で乗せてやる。
その間にも雪で出来たうさぎはだんだんと溶け始めていて、手袋が濡れてくる。
冷凍庫をあけ、中身を脇に寄せ、二つの小さなうさぎを並べた。

『ここならとけない?』
『まぁずーっとってわけにはいかないけどだいぶ保つだろ』
『よかったねうさぎさん』

にこりと微笑まれている相手がオレじゃなくてうさぎなのが悔しい。

あまり開けっ放しにしていると他の食材も溶けてしまうので、そろそろ扉を閉じる。

『ねぇ…またあとでみていい?』
『あぁいいぞ、また後でな』
『うさぎさんのおうちだ』

子供らしい無邪気な発想にオレの頬も緩む。

椅子を片付け、上着を脱いであったかいココアを作って飲むことにした。
あっという間に飲んでしまった冬獅郎がおかわりを要求してきたが、飲み過ぎると昼ご飯が食べれなくなるので、もう無くなったと言っておいた。

昼まではまだ少し時間があるので、部屋へ行ってオレは宿題を、冬獅郎はお絵描きをすることにした。

しばらく二人でめいめいの仕事をやっていると

『こらぁ!!!おにぃちゃん!冬獅郎くん!冷凍庫に雪なんかいれちゃだめでしょー!!!!』

ちぇ…案外見つかるのが早かった。
しかし、冬獅郎の大事なうさぎがこんなにすぐに壊されてはたまらないので、オレはあわてて下へ降りると遊子へ一生懸命説明をした。
遊子はそれなら…とすぐに許してくれて、二つの小さな雪うさぎは、しばらく冷凍庫の中に住むことが許された。
一日2〜3回しか会いにきてやれないが、きっと喜んでくれているだろう。
なによりも、冬獅郎がこのうさぎを見るたびに見せる愛らしい笑顔を見れるのがオレはとてもうれしかった。

願わくばずっとずっとこのままでうさぎをとっておきたかったが…。

3日後、寝ぼけたオヤジがアイスと間違えて夜中に食ってしまったなんて……冬獅郎には口が裂けても言えないことだった。

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