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 『はちみつトースト2』

冬獅郎の霊圧が近づいてきて、その内に耳で足音も確認出来るようになった。
オレはなぜかそそくさと正座をしてしまう。
なんだこの緊張感は。

きっとそれは冬獅郎が一体どんなもんを運んきてくれるのかという期待と、その10倍くらいの不安からだ。

からりと戸が開いた。
だが、冬獅郎はすぐには入ってこようとはせず、廊下でがたがた何かやっている。

『冬獅郎?』
『…ん、ああちょっと…待て…今…、…あ!!!』
『なんだ?』


いきなり大声を上げた冬獅郎にオレは驚いて駆け寄る。

『うあ…べたべた…』
『冬獅郎…』

廊下には大きな皿がおかれていて、その上にはどうやらさっき持っていたはちみつをたっぷり塗ったバゲット。
そのバゲットに手がついてしまったらしく、冬獅郎の小さな手にはべったりとはちみつが付いてしまっている。

慌てて布巾を取りに部屋の中へ戻ったオレだったが、布巾を取って振り向くと自分の手をぺろぺろと可愛らしく舐める冬獅郎の姿。
いや…エプロン姿でそればまずい…。まずいだろう。

その姿を出来るだけ見ないようにしながら、冬獅郎の手をとってきれいに拭いてやる。

『よし、これでいいだろ』
『ん…待たせて悪かったな』
『いや…しっかしうまそーな匂いだな!』
『あ…うん…』

冬獅郎ははずかしそうに少し顔を赤らめながらも、大きな皿を抱え上げて部屋に入ってきた。
テーブルの真ん中に皿をどんと置くと、満足げに頷いた。

『これ、トースト?はちみつの』
『ああそうだ。雛森に教わったんだ』
『そっか……って随分なかっこだなあ、お前』

よく見れば、真っ白だったはずのエプロンは焦げでも付けたのか、あちこち黒い煤状の物が付いているし、先程も手にくっつけていたように、エプロンにもはちみつであろうものが付いている。
頑張ったなあ。たかがトーストで…。

皿の上のトーストも、大きさも厚さもバラバラ。
そして最初は丁寧に塗っていたであろうはちみつは、途中でめんどくさくなったのか垂らしたようだ。
皿にはみ出して流れている。

だが空腹のオレには、このトーストがとんでもない御馳走に見える。

『なあ、冬獅郎!おれ腹ぺこなんだ。食ってもいいか?』
『ああ…そりゃ…もちろん。今、茶いれる』
『ありがと!そんじゃさっそく!いただきます!』

更に大量に乗せられたトーストを一つとってかじりついた。
バゲットは少し焼きすぎだし、はちみつの量は多いが十分うまい。

『うめえ!うめえぞ!冬獅郎!』
『…そ…そっか。そりゃよかった』
『お前も食えよ』
『あ…ああ』

ふと見れば、冬獅郎はきっちり正座をして両手をそろえて、オレが食うのをじっと見ていた。
緊張していたらしい。
こーゆーとこがこいつの本当にかわいいところだと思う。

小さな手でトーストを持って小さい口で大きくかぶりつく姿も相変わらずかわいい。
たった一口で、冬獅郎の口の周りははちみつでべたべただ。

そんな姿を微笑ましく思いながら、オレは2個目に突入した。
だが、トーストがすごい量なのと、あまりの甘さで途中で飽きてきそうだった。
せっかく冬獅郎がオレの為に作ってくれたものを残す訳にはいかないが。

『あ!ちょっと待ってろ黒崎』
『ん?』

突然立ち上がって部屋を飛び出した冬獅郎。
オレは4つ目のトーストをほおばりながら待つ。

程なくして戻ってきた冬獅郎が持ってきたのはオムレツとサラダ。
綺麗な形に焼かれたオムレツにはケチャップじゃなく、ちゃんとトマトソースであろうものがかかっているし、サラダも彩り鮮やかで盛りつけも綺麗だ。
すっげーうまそうだ。
だが、この出来映えは冬獅郎が作った物とは思えない。

『これ、朝松本が作っておいてくれたんだ…オレ…まだこんなもんしか作れねーし』
『そっか…じゃ、ありがたくいただくぜ』
『ん…』

冬獅郎はどうやら不安そうだ。
そりゃ、乱菊さんが作ったもんはうまい。
あの人は味覚はおかしいが、きちんとしたもんをきちんと作れる。
だから、冬獅郎が心配するのは仕方ない。
だが、オレはそんなもんは関係ない。
料理がうまかろうが下手だろうが、オレにとって冬獅郎が作ったもの以上にうまいもんなんて存在しないからだ。

『うん、オムレツうめー』
『そう…だよな…うまい…な』

フォークでちょこっとだけ食べた冬獅郎の顔が更に曇った。

『でも、オレはこのトーストがいっちばんうめえよ』
『…うそつくな…』
『うそなんかつくかよ。本当だって』
『…』
『オレ甘いもん大好きだし、お前だってはちみつトースト好きだろ?』
『ああ…』
『ほら、お前も食わねえとオレ全部食っちまうぞ?』
『ああ…それなら大丈夫だ、まだ台所にこのトーストはまだまだあるから』
『あ…そか…』
『心配しないで食っていいぞ黒崎。オレおかわり持ってくるから』
『いや…あ…ありがと』

再び台所へと行った冬獅郎が戻ってきた時、その手には先程の数倍の量のはちみつトーストがあった。

『…それ全部作ったのか?』
『もちろんだ』
『うん…頑張るよ…』

見ただけで胸焼けを起こしそうな量。
一体何人分のトーストなんだ…。
せめてバターだけとか、ガーリックパウダーだとか、味を変えてくれたら食えるのかもしんないが。
さすがに全部はちみつでは、さすがのオレでも無理だ。

だが、オレがうまいと言ったのが嬉しかったか、冬獅郎の目がいつもより輝いてて、そんな目で見つめられてしまっては残せない。

まあ、今日は時間はたっぷりあるわけだし。
何時間かかってでも全部食おう。

しばらくはちみつなんて見たくなくなるだろうが。

そして、結局夕方近くまでこのランチタイムは続き、なんとか全部平らげることが出来た。
オレの腹はもう限界だ。

『食ったー…あー』
『黒崎、晩飯は?』
『あ…いやーこんだけ食えば今日はもういいよ』

さすがにもう今日は何も食いたくはない。

『じゃあ…デザート…』
『え?まだあるのか?』
『ああ、はちみつプリンだ。折角だから晩飯も食ってけよ…用意はしてあるんだ。ホットケーキを焼いてはちみつ…』
『あー…ってまたはちみつかよ!』
『うまいぞ?』

そりゃ、うまいだろうけど…。

『とりあえずさ、冬獅郎…オレちょっとその辺走ってくっから。梅干しとか塩とか用意しといてくんね?』

愛する冬獅郎の手料理だ。
こうなったらとことん食ってやる。

もたれた胃をさすりながら、オレは部屋を飛び出した。
全く、少しは考えてメニューを考えてくれたらいいんだが。
もしくは量を。

『早いとこ戻れよ!晩飯は19時からだからな!』
『オッケー!わかった!』

振り返れば、可愛らしいエプロン姿で叫ぶ冬獅郎。
なんだか、かわいい奥さんに見送られて仕事に行くような気分だ。
そう思っただけで、胸焼けが少し薄れて行くのを感じた。

出来るだけ運動して、そんで風呂借りてから冬獅郎のホットケーキを食おう。
一生懸命フライパンと格闘している冬獅郎を想像しながらオレははしりまくった。

ちなみに、夕食のホットケーキの量は、昼飯のトーストよりすごかった。
積み上げたら冬獅郎の身長くらいありそうな量。
朝までかかるだろうか。
それもまあいいか。
冬獅郎と一緒にいられる時間が増えるしな。






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