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『夏祭り』

今夜冬獅郎が遊びにやってくる。
オレの家の近くで割と大規模な夏祭りがあるから、それに行こうときりだしたら、あっさりOKがでたのだ。
てっきり断られると思っていたオレは、小さな驚きと大きな喜びで朝から落ち着けず、昼間、わざわざ下調べをしに、祭りの会場まで行ったくらいだ。

夕方、まだ日は高いが、そろそろ祭りの会場に人が集まりだしているようで、普段は静かなこの辺りも活気が出て来た。
夜になればさぞにぎやかになるだろう。

もうしばらくすれば、冬獅郎が一旦オレの家まで来るはずだ。
恥ずかしがりやの冬獅郎は、明るいうちからオレと二人きりでは歩きたがらないので、一旦オレの部屋で休んでから、暗くなったら行こうという事にしていた。

朝から無駄に動き回っていたおれは、そわそわと冬獅郎を待つうちに、うっかりうとうとしてしまい、大きな衝撃で目を覚ました。

『おい…約束しておいて寝るとはいい度胸だな…』
『うぁ…っと…冬獅郎!………へ?』
『……』
『な…なんだよ…お前…冬獅郎だよな?…あれ?…なんでおま…ぐおっ!』

また殴られた。
っていうか、目の前にいるのは、まぎれも無く冬獅郎なのだが、どんだけ目を擦って見ても、女性用のゆかたにしか見えないものを着ているし、髪なんかはきれいに頭の上に纏められ、花飾りまでついている始末。
驚くなという方が無理だ。

『だまれ…まだ殴られたいか?』
『いや…その…でも…いえ…なんでもないです』
『言っとくが、オレじゃないからな、松本の仕業だからな!』
『…いや…多分そうだろうとは思ったけど…』

こんなすばらしい仕事が出来るのは尸魂界広しといえども、この可愛らしい恋人の副官である乱菊さん位なもんだ。
だが、それを大人しく着ている冬獅郎…。
一体どういうつもりなのかと疑わずにはいられない。
聞きたい事はたくさんあったが、結構痛い冬獅郎の拳をこれ以上食らいたくはなかったので、その内チャンスがあったら聞こうと思い、今は黙る事にした。

それにしてもかわいい。
いや、普段から可愛いことに違いは無いのだが、見慣れない(というか見慣れるわけも無い)冬獅郎の姿にオレは釘付けになってしまい、動けなくなっていた。
よく見ればうっすら化粧までされているようだ。

『と…そろそろ暗くなって来たし…行くか?』
『……ん…』
『オレも浴衣着とけばよかったかな…』

外に出ると、まだ気温はだいぶ高かったが、風が出て来ていて思ったより気持ちがいい。
冬獅郎は、慣れない女物の浴衣に歩きづらそうだった。
だが、ちょこちょこ歩くその姿がかわいくて、オレはわざと速度を落とさずに歩いてみた。
冬獅郎はぬ護んで必死についてくる。
…ダメだ…可愛い過ぎる…。
コレではオレの理性が祭りの会場まで持たない可能性がある。
仕方なく、冬獅郎の歩く速度に合わせ、ゆっくりとにぎやかな縁日へと向かう。




『隊長?今日は一護とお祭りですよね?』
『ん…?あ…あぁ…だからなんだ?』

一護との約束の時間がせまってきて、そろそろ今日の仕事を切り上げ、準備をしようかと思っていた矢先、珍しく午後からはまじめに自分の机に向かっていた松本が口を開いた。

『せっかくなんですから、浴衣着ていけばいいじゃないですか』
『いい…別にそんなん…』

着物なんていつでも着ているのだから、浴衣なんて今更珍しくもないし、大体せっかく現世に行くのだから、動きやすい洋服でいい。

『えー…きっと一護喜びますよ?』
『うるせぇ…それより、お前それ終わったのか?』
『とっくにおわってますよーだ。後は提出しに行くだけですもん』
『……そうか…』

どうしていつもこの調子で仕事をしてくれないのか…。
少し説教しようかとも思ったが、約束があるのでやめておく事にし、オレは自分の机上を整理し初めた。

『んー…やっぱダメです!隊長浴衣にしましょう!』

オレが片付けをしている間、なにやら難しい顔をして腕組みしていた松本が、バンっと机を叩き、身を乗り出して来た。

『…いい…それより明日の事は頼んだぞ』

近づいてくる松本を無視し、オレはすり抜ける様に執務室を出た。

一旦自室に戻り、明日の引き継ぎにとメモを書き、また執務室へ戻ると松本の姿は消えていた。
大方、誰かを捕まえて飲みにでも行ったのだろうと、オレはメモを松本の机上に置くと、現世へとむかった。

直接一護の家に出るのは、なんだか気恥ずかしいので、一度井上織姫の部屋へ降り立つ。
そこに置いてあるはずの義骸を目で探したが、見当たらない。
代わりに嫌な予感がして来て、更に悪寒まで走ってきた。

『あ、たいちょーう!』
『…まつもと…』

オレとした事が浮かれすぎた。
こいつがあのまま引き下がるような奴じゃない事はオレがよく知っている。
更に、慣れ親しんだ霊圧に、うっかり疑問も持たなかった事が悔やまれる。
ここまで来たら逃げる事は不可能だ。

『何してんだお前…』
『隊長のお手伝いしようと思って』
『いらん…さっさと帰れ』
『隊長、とりあえず義骸に入ってもらえますー?』
『…聞けよ…』

もはや何を言っても無駄な松本に、ため息しか出てこないが、待ち合わせの時間が迫っているため、素直に従う事にした。
義骸に何かされているかと思ったが、思い過ごしだったようで、いたずらのようなものは感じなかった。
とりあえずほっとして、義骸になじむため、しばらく深呼吸などをしていると、いきなりものすごい力で襟首を掴まれた。

『ちょ…!おい!松本!何しやがる!』
『じっとしてくださいよー…隊長!ほら、暴れないでください!』
『放せ!おい!怒るぞ!』

なんと言うか…雛森にしろ、松本にしろ何でこんなにバカ力なのか…。
それはオレが…オレが…まだ体が子供で、腕力がない…から…そう思うのだろうか……。
にしても、強過ぎる力にあっさりオレは服を脱がされ、代わりにピンクや黄色の布が目に入ったかと思ったら、あっという間にその布に体を包まれていた。

『てめぇ…何のつもりだ…!』
『わぁ!やっぱりこーゆーパステル系の色が似合うんですね!隊長!』
『……その服返せ…』
『ダメですよーう!はい!次は後ろ向いてください』
『嫌だ…いーから返せ!』
『ダーメ!』
『おい…!』

あろう事か、松本はさっき間でオレが着ていた服を破き始めた。
そして、オレの両肩を掴んで顔を覗き込んでくる。

『隊長…今日はチャンスなんですよ!』
『は?』
『隊長はまだ一護と手つないだ事も無いんじゃないですか?』
『…は?…ば…ばか!んなことどーでもいいだろ!…ていうか手とか繋ぐ必要ないだろ!』
『…んもう…隊長がそんなだと一護…可哀想ですよ?』
『かわいそうでもなんでもねえ…』
『ホントにそんな可愛くない事ばっかり言ってると、一護の方から離れて行っちゃいますよ?いいんですか?』
『…!』
『隊長があんまり素っ気ないから、一護、自信なくしちゃいますよ?それに、一護ったら、あんなに隊長の事想って色々してくれてるのに、それにたまには答えてあげないと一護も可哀想だし、一護が離れてったら誰よりも辛いのは隊長でしょう?』
『……』


いつになく真剣な顔で言われ、オレは返す言葉が出ず、俯いてしまった。
悔しいが、こういう時に松本はしっかり大人なんだな…と思う。
でも、それとこの浴衣は全く関係がない様に思うのだが…。

『一護がね、前に雑誌で浴衣特集やってた時に、隊長に似合いそうだってつぶやいてたから…ね?』
『…は?』

…『ね?』じゃねーよ…。
付き合っていられない…。
だがふと時計を見ると、既に待ち合わせの時刻まであと30分ほどしか無い。
洋服はさっき松本が破いてしまったので、替えを用意する暇なんてない。
オレは盛大にため息をつくと、流れに身を任せようと、松本に背を向けて『どうにでもしろ…』とぶっきらぼうに言ってやった。

嬉しそうにオレの髪の毛をいじりだした松本が、器用に髪を纏め、どこから出したのか花飾りをオレの頭に乗せている。
本当にどうにでもなれ、という気持ちになって来た。
髪いじりが終わったかと思うと、今度は体の向きを変えさせられ、顔に何か塗りたくられる。

『おい!やめろって!』
『隊長可愛いですよー!もう!ほんと女の子にしか見えなくしちゃいますから!』
『うるせえ!んなことしなくていい!』
『だってその方がいいでしょ?いつものままだったら、外で隊長が一護に甘えるなんてっ無理じゃないですか。でも誰が見ても女の子だったら、どうどうと一護に甘えたり、抱きついたり、チューだってできちゃいますよ?』
『ち…ちゅ…チュー…って』

言いかけたところで、唇にまで何かを塗られた。
もう、げんなりしすぎて何かを言うのも面倒だった。

『はい!できました!いやーん!あたしったらすごぉい!!可愛いです!もう完璧!』
『…うわぁ……』

松本に差し出された鏡を見て、心底ぞっとしたオレだったが、先程の彼女の言葉を思い出し、少し動揺していた。

(この姿だったら、一護に甘えても…)

変な格好をさせられた事で、気分までおかしくなって来たオレは、ぼうっと鏡を見つめたまま一護の事を考えていたが、時間ですよ!と松本に半ば追出されるようにして待ち合わせ場所である一護の部屋へとむかった。




つづくー。






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