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『おい!黒崎!かくまえ!』
『あ?ど、どーした!冬獅郎?』

窓枠が飛んで行くんじゃないかと思うほど勢いよく開けられた窓。
開け放たれた窓の外には、肩で大きく息をする冬獅郎。
その顔は少々青ざめ、恐怖映画でも観たあとの様だ。

オレの質問に答えるのももどかしそうに、慌てた様子で部屋へと飛び込んで来る。

突然の冬獅郎の訪問には驚きはしたが、嬉しさが勝る。
だが、尋常でない冬獅郎の様子に、オレは先程と同じ台詞しか出てこない。

『どーしたんだ?冬獅郎』
『……』

まだ息の整わない冬獅郎は、オレの部屋の床に踞るように座り、『ぜってーやんねー…』とか『あいつらアホか…』などとぶつぶつつぶやいている。

仕方がないので、オレはとりあえず冬獅郎が落ちつくまで待つ事にした。
キッチンへと向かい、温かいお茶をいれてお菓子をもって部屋に戻ると少し落ち着いたらしい冬獅郎はベッドに腰掛け、ぐったりとうなだれていた。

『なんだよ…何かあったのか?そんあ疲れた顔して…』
『あ…ああ…』
『ん?』
『実は……』

話し出した冬獅郎の邪魔にならないように、そっと床に盆を置く。
湯気があがるお茶に冬獅郎の視線が行ったのを確認すると、小さな手にマグカップを渡してやる。
それを両手でもった冬獅郎は、一口お茶を飲むと『ふう』とため息を着いた。

『今日…雛祭り…だろ?』
『ああ…そーだけど。うちも夜はおひなさまパーティだってよ。妹がいるからな』
『女の死神の集まりがあるのを知ってるか?』
『あ?ああ…女性死神協会?だっけか?』
『ああ』

なんでも女性死神協会とやらは、今年の雛祭りに豪華なひな人形を飾ろうと前々から計画をたてていたらしい。
それは、名のある人形師に頼む訳でも、高価で大きなひな人形を買う訳でもなく、等身大且つ本物のおひな様をやる、と言い出したらしい。
桃の節句、女の子のお祭りである為女性は参加せず、男性の死神を集めてお内裏様から五人囃子、更にはおひな様までをコスプレさせようと言うのだ。
女性死神協会のあのメンツにかかれば、男性なんてひとたまりもない。
あっという間に拉致され、着替えさせられ、気がついたら雛壇に縛道で縛り付けられているらしい。
…聞いただけでぞっとする…。
そして、もちろんおひな様も男性から選ばなくてはならない。
おひな様は雛祭りの主役であるから、その辺の男性死神では女性死神達が納得する訳もなく、白羽の矢が立ったのが冬獅郎というわけだ。

…たしかに小さくてかわいいし、お化粧して着物を着せたら…と、オレの妄想が先を急ぐ…。

『それで、逃げて来たってのか…』
『あいつら…ものすごい勢いで追いかけてくるし…捕まったらおひな様っていうか…殺される…』
『殺されるって……』

それはさすがに無いだろうと思ったが、マグカップを握る冬獅郎の手が小さく震えているのを見て、もしかしたら本当かも知れないと思い始めた…。

『でも…まあ…今日一日だろ?さっさと着物着て、なんだ…その写真とか撮って終わらしちまえばいーじゃねーか…』
『やだ』
『…あっそ』
『…お前だって嫌だろ?こんなの』
『まーな…好き勝手いじくられるのはさすがにな…』

冬獅郎は手にしたお茶を一気に飲み干し、先程よりも大きなため息をつくとマグカップをもてあそび始めた。

『なんだよ…どした?』
『ん…最初はな…そんなバカな企画誰が…って思ったんだけど、なんか…男連中もだんだん乗り気になってきやがって、楽しそうに遊んでやがんだよ…仕事もしねえで…』
『そーなんか…?』

世の男性は割と女装が好きなヤツが多いという話は聞いてはいたが、滅多に着ることのない衣装などをきて、テンションがおかしな方向に折ってしまったのだろうか。
オレは絶対嫌だけど…お内裏様ならありか?…などと考えていると、冬獅郎が先を続けた。

『あまりのアホさにぶっ壊してやろうかと思ったんだが、じじいまで楽しそうに眺めてやがるし…あまりにもしつこいからちょっと着替えて、すぐに終わらせてやろうか…とも考えたんだが…』
『お?』

おお…冬獅郎のおひな様…。

『その…なんだ…お内裏様が…』
『あ、そーいや、お内裏様は誰だったんだ?』
『…それが、結構その役は人気だったんだ、で、くじ引きできめたらしいんだが』
『うん?』
『…って別に誰だっていいんだよ!そこじゃねえ!』
『おお…スマン…っていうか、じゃあなんだよ』

話の途中でいきなりキレ出した冬師郎に、おれは少々驚きつつも何がそんなにいやなのかわからず、首をひねる。

『…なんだか…オレがおひな様で雛壇に座ってるい間、くじ引きで決めた順番で代わる代わる…』
『ちょっと待て…順番て…くじで一人を決めたんじゃなかったのか?』
『それが違うんだ…その…何が嬉しいんだか…オレの横に座りたい奇特な奴らがくじ引きして、喧嘩になって…建物一つ吹っ飛ばしたり…とか…』

そこまで話して、冬獅冬は『はぁぁ…』と盛大にため息をつく。

そうか…やつら、冬獅郎のおとなりに座りたくてそんな企画に参加したってわけか…。冬獅郎の隣…。
オレの冬獅郎の…。

だんだんハラが立って来た。

普段は隊長である冬獅郎のすぐ側に座るなんて事そうそう出来やしない。
だが、この「おひな様企画」ならどうどうと隣にすわれるばかりか、うっかり触ったり、お姫様だっこしたがる奴らが出て来るかもしれない。

冬獅郎は自分がどれだけ人気が高いか自覚がない。
純粋に『かわいい』とか『かっこいい』とか、そういう目線で見る女性よりも男性は数倍危ない目で見るだろう…。
かくいうオレもそんな男の一人…なのだが…。

聞けばお内裏様をやるには金も取られるらしい。
さすがは女性死神協会…。

いやいや、そんな事はどうでもいい。
始めはそんなのさっさと終わらせてしまえとおもった オレだったが、話を聞いているうちに冬獅郎の身の危険をひしひしと感じていた。

『じゃあ…今日はオレんち泊まってけよ?オレの家族と一緒にパーティに参加してれば、無理矢理連れてったりはしないだろ?』
『ああ…助かる』

ほっとしたように目線をあげる冬獅郎。
相変わらずかわいい…。
この…オレのかわいらしい冬獅郎を他の奴らになんて絶対に渡すものか…。

そうと決まれば、家族に一人分料理を増やしてもらうように伝えねば…と腰をうかしかけた瞬間。

『あー!いたいた!!!』

良く聞き覚えのある、冬獅郎の副官の明るい声が部屋に響く。

続く…



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