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『ありがとうございました!』
レジカウンターから聞こえる元気な声。
一護はたった今会計を済ませ、店を出て行く二人連れの女性に挨拶をした。
『ふー…さて次は…』
アルバイトを始めて数日、やっと洗い物以外にフロアの仕事もさせてもらえるようになった一護は先ほど会計を済ませた客の食器を下げにテーブル席へ向かう。
そろそろ店内も満席に近いくらい混んでいる。
見渡すと禁煙席は既に満席だった。
早速皿やカップを重ねてトレイにせっせと乗せる作業を行っていると、同じアルバイトの大学生の女の子が手伝ってくれた。
一護よりもアルバイトは半年程先輩だ。
『黒崎くん今日はシフト長いね。大丈夫なの?家。小さい弟いるんじゃなかったけ?』
『え?あぁ…まぁそーなんスけど…』
一護がアルバイト初日、新人に高校生の男が入ったと女性アルバイトの中では一気に話題となり、あれやこれやと一護は質問攻めにあった。
なぜ女というものは人の家族構成をすぐ聞きたがるのか…と一護は不思議だったが、また聞かれても面倒なので、初めにしっかり答えておいたのだ。
『でも、まぁ妹とオヤジもいるし、ヘーキですよ』
『そっかたくさん兄弟いるんだもんねー。いいなぁー』
一人っ子だと言っていた女子大生は一護が食器を全てトレイの上に乗せると、ダスターでテーブルを拭きなじめた。
そんな話をしたせいで、一護は急に家にいるはずの冬獅郎のことが不安になり、電話でもかけようかと思ったが、あいにく休憩と夕飯の時間は終わってしまっていた。
さすがにあれだけ言い聞かせたし、大丈夫だろうと一護はやるべき仕事に戻った。
『…れすとらん…どこ…?』
冬獅郎はすっかり迷子になっていた。
迷子というより、最初から道なんてわかっていなかったので、ただ単に途方に暮れていた、という方が正しい。
たくさん歩いて、たくさん道路を渡って、たくさん曲がり角を曲がった。
住宅街から出て、商店が建ち並ぶ道をふらふらと歩き、また住宅街へ入る。
そんなことを繰り返しているうちに、日が暮れてしまった。
小さい子供が一人で歩いているのを不思議そうに見る人もいたが、近くに親がいるだろうとたいていはすぐに興味を無くし、視線をはずす。
迷子かな、と思った大人達も声をかけようとすると、冬獅郎はびっくりしてすぐに逃げてしまうので、深追いはされなかった。
どのくらい時間が経っただろうか…。
一番星に勇気づけられた冬獅郎の元気もすっかりしぼんでしまって、レストランを探す為に一生懸命回りを見ていた大きな瞳は今は足下しか映していない。
『いち…ご…ひっく…っっく』
だんだん自分がとんでもないことをしでかしたのでは…と不安になり、怖くなってなんども踞りそうになった。
見渡せど知らない家やお店ばかりだし、空はもう真っ暗で道路の街灯が照らしていないいところを歩いたらそこからどこかに落ちてしまうんじゃないかと思えて来た。
車のヘッドライトもなんだか怖いお化けに見えてくる。
もう家に帰る道すら分からなくなってから久しい。
このまま自分はもう一護には会えないんじゃないか、お家にも帰れなくて…もしかしたらしんじゃうんじゃないか…と怖くて怖くて仕方なくなってくる。
もう冬獅郎の小さな顔はおっきな目からぽろぽろ落ちる涙でぐしゃぐしゃになっていた。
何度も両手で拭うが、つぎからつぎから溢れて止まらない。
『いちごぉ…ふぇ…』
それでも足を止めることは無く、とぼとぼと歩いていた冬獅郎の目の前にやけに広い場所が現れた。
たくさん車があるようだ。
『?…』
なんだか見覚えがあるような気がして立ち止まる。
小さな冬獅郎からは並んだ車が邪魔して見えないが、奥には煌煌と明かりのついた建物があった。
以前みんなでレストランに来た時は昼間だったのでかなり印象が違うが、冬獅郎がホットケーキを食べたレストランにとうとう到着していたのだ。
それにまだ気づかない冬獅郎は今まで家ばかりがたくさん並んでいたのに、それが今度は車がたくさん並んでいるので不思議になって近づいてみる。
その時風が吹いて冬獅郎は首をすくめた。
『さむ…』
広い場所に出たので風通しがよく、上着を着ていない冬獅郎は寒さにやっと気づいた。
今まで怖くてそれどころではなかったのもあるが。
車と車の隙間に入り込むと風が遮られて少しあったかく感じた。
ちょっとだけ安心した冬獅郎はその場にしゃがみ込む。
何時間も歩き続けて足がとても痛かった。
寒くて痛くて、一度引っ込んだ涙がまた溢れ出して来た。
『うえぇ…』
遠くから話し声が聞こえ、複数の足音が近づいてくるのを冬獅郎は感じた。
何人かの大人が車に乗り込むところで、なんだか楽しそうに話をしている。
冬獅郎は別の車の影からその様子をじっと見ていたが、どうすることもできず、ただ隠れているだけだった。
やがて車は大きなエンジン音を響かせて走り出した。
大きな音に少し驚いた冬獅郎は、とっさにぎゅっと目をつぶる。
車の音が遠ざかったのを感じ、うっすらと目を開ける。
車が走り去ったことによって今まで遮られていた視界が開け、冬獅郎の目に大きな明るい建物が見えた。
『なんだろう…れすとらん…かなぁ…』
自分が以前行ったことのあるレストランとはちょっと違う気がしたが、こんな暗くて寒いところにいたくなくて、冬獅郎はふらふらとまぶしい明かりを目指して歩き出した。
その時、建物の裏の方から人が大きな袋を下げて出てくるのが見えた。
裏の方は暗くて良く見えないが、人影は大きな袋をどさりと地面に置くと一瞬明るい場所へ出て来た。
『あ!いちご!』
人影は一護だった。
冬獅郎は叫んだつもりだったが声は出ていなくて、一護は全く気がつかず、また暗い裏口へ戻り、扉を開けて中へ入ってしまった。
『や!やだ!いちご!!!』
今度はちゃんと声になったが、既に建物の中へ入ってしまった一護には聞こえない。
冬獅郎は痛い足のことも忘れ、一護が消えた扉まで走った。
背伸びをして裏口のドアノブを回そうとするが、内側から鍵がかかっていて開かない。
鍵がかかっているとは知らず、冬獅郎はうんうん唸りながら何度もノブを回すが、開くわけもなかった。
しばらくドアノブと格闘したが、扉はうんともすんとも言わず、冬獅郎は諦めノブから手を離した。
一護か中にいるのに!
でもなんどやっても扉は開かないので、冬獅郎は今度は表側に回ってみることにした。
明るい窓から中を覗いたら一護が気づいてくれるかもしれない。
そう思って覗ける窓を探したがどれもこれも小さな冬獅郎の身長では届かず、中をのぞくことが出来なかった。
だがぐるりと建物を一周してみると、地面まである大きなガラスを見つけた。
『じどうドアだ!』
近所のスーパーにもあった。
ここから中へ入れるんだ、と冬獅郎は嬉しくなって、自動ドアの前に立つ。
だが、大きなガラス扉はびくともしない。
『?』
大きなガラスを見上げ、一度後ろへ下がったり、ピョンと飛び跳ねてみる。
やっぱり開かなかった。
扉に手をついて、隙間に指を入れてみるが重いガラス扉はやはり少しも動かない。
冬獅郎が自動ドアの前で今日何度目かの放心状態になって立ち尽くしていると、
中から人がこちらに向かってくるのが見えた。
その人は自動ドアの向こうにある扉を開けて、冬獅郎の方へ近づいてくる。
そうすると冬獅郎があんなに頑張ったのに開かなかった自動ドアがいとも簡単に開いた。
中から出て来たのは大人の男だった。
入り口でドアを見上げている冬獅郎をちらりと見たが、すぐに外へ出て行ってしまう。
冬獅郎はその成り行きをじっと見ていたが、せっかく開いた自動ドアがしまりかけたのに気づき、するりと小さな身体を滑り込ませた。
自動ドアの中へどうやら入れたようだ。
『いちご!』
だがまだ難関が残っていた。
今度は重い扉を人力で引っ張って開けなければならない。
大きなレストランにはよくある設備だが、自動ドアを入るとまた扉があって、そこまでにタバコの自販機があったり、手洗い場があったりする小さな空間がある。
今まさに冬獅郎はそこにいた。
自動ドアも全面ガラスだし、反対側の扉も壁も全てガラスで出来ていたので、中がすっかり見える。
とりあえず大きな扉の取手に手をかけ引っ張ってみるが、重くて開けられそうもない。
全身で引っ張るがやはりこんな小さな子供の力ではどうにもならなかった。
『……!』
レジの横に棚があって、子供用のおもちゃやライターやガムなどの商品が並んでいる。
そこに一護が商品補充にやってきた。
冬獅郎はそれを見つけ、また果敢にも扉を引っ張ろうとするが、やっぱり開かない。
すぐそこに一護がいるのに…。
そう思ったら嬉しいやら、扉は開かないやらでだんだんパニックになってきた。
ガラス戸にどんどんと両手をぶつけ、『いちご!』となんどもなんども叫ぶ。
『ん?』
なんだか机を叩くような、大きな音が一護の耳に入って来た。
さすがに不審な騒音に一護は入り口を振り返る。
『……えぇっ?冬獅郎!!!!!!』
一護の目に信じられない光景が飛び込んできた。
全面ガラスの小さな空間にここにいるはずのない冬獅郎がいて、なにやら必死の形相で叫びながら壁を叩いている。
あまりに信じがたい出来事に一護はしばし放心していたが、動物園の檻の中の小動物よろしく狭いガラスの部屋で暴れている冬獅郎が現実のものだと悟ると、持っていたガムの箱を放り出し、ドアに駆け寄った。
『とととと…冬獅郎!!!なにやってんだお前!!!てかなんでここにいるんだ!!!』
『いちごぉ!!!』
ガラス戸を押して開けてやると檻から放たれた小動物は勢い良く飛び出し、一護に飛びついて来た。
と、同時に大きな声で泣き出してしまった。
『うあぁぁぁん!!』
『ちょ…!冬獅郎どうしたんだよ!なんで…ってオヤジ達は?おい?』
『ふえぇん…いちごぉ…!』
ひたすら一護にしがみついて泣き続ける冬獅郎を抱き上げて、質問攻めにするが、やっと一護に会えた冬獅郎はそれどころではない。
一護の店の制服をがっちり掴んで痛くてじんじんする足も一護の身体に絡め、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をエプロンに擦り付けて泣きじゃくる。
『…冬獅郎…?』
とりあえず冬獅郎の背中をなでながら、何事かと一護の方を見ている客達から隠れるようにパントリーへと向かう。
泣き声を聞きつけた他のスタッフ達も何かあったのかとパントリーや事務所から出て来た。
あれ…終わらない…
てゆうか腰が…腰が痛くてしにそーでつ…(泣)
カイロプラクティックを受けたのですが、それ以来腰が…壊れたwww
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『一護!一緒にかえろーぜ!』
放課後、帰り支度をしていた一護にクラスメイトが声をかけてくる。
教科書をカバンに詰める手を止めず、一護は視線を上げ、
『わりぃ…今日からバイトなんだオレ』
『え?お前バイトすんの?なに?女でも出来た?』
『ちげーけど……』
興味深々な態度丸出しなクラスメイトに一瞥をくれ、一護は早々に教室を後にした。
アルバイト先のファミレスは一護の通う学校から歩いて15分程。
学校帰りの生徒もよく立ち寄るところなので、からかわれるのが心配だったが、他に良いバイト先も無かったのでここにした。
一護の家と学校、そしてバイト先の店を繋ぐときれいな三角形になる距離だった。
一度家に帰って自転車で通おうかとも思ったが、冬獅郎に見つかっては家を出ることが出来なくなるので、仕方なく歩いて通う。
(あいつへーきかな…)
我ながら過保護だとは思うが、あの不安そうに一護を見上げてくる大きな目を思い出すと心配にならずにはいられない。
なにはともあれ今日からアルバイトが始まる。
余計なことを考えずにまず仕事を覚えなくては…と一護は一度大きく頭を振った。
『とーしろーくん?ごはんだよ?』
『……』
幼稚園から帰り、大好きな一護の帰りを今か今かと待っている冬獅郎に、遊子がおずおずと声をかける。
日が沈んだあたりから冬獅郎は玄関のマットの上にちょこんと膝を抱えて座り、一護の帰りを待っていた。
すぐに勢いよく玄関が開いて、冬獅郎は弾かれたように顔を上げたが、すぐにその表情は曇った。
『ただいま!』
と元気に帰って来たのは夏梨。
夏梨は靴を脱いで、持っていたサッカーボールを玄関の隅に置き、マットの上に座っている冬獅郎に
『とーしろー!そんなとこいないであっち行こう!』
と手を引こうとするが、冬獅郎は小さな手を思い切り振り回し、夏梨の手を取ろうとはしない。
夏梨はすぐに諦め、ため息をつくと靴下を脱ぎながら『先にお風呂入るから』と言い残し浴室に消えた。
『いち…ごぉ…』
まだ時計の針の読めない冬獅郎だったが、遊子が台所にたち、夕ご飯の準備をし始める頃にはいつも一護が帰ってくるのは知っていた。
玄関まで夕食のいいにおいが立ちこめ、遊子が冬獅郎を呼ぶ為に玄関へ出て来た。
『おにいちゃんね、今日からアルバイトなの。だから少し帰りが遅くなるんだって。だから先にご飯たべよう?』
『いちご…まだかえってこないの?』
『うん…あと…何時間かすれば帰るからね?ご飯…食べよ?』
『…うん』
なんとか冬獅郎を玄関マットから引きはがし遊子は小さな手を引いてリビングへ戻った。
椅子に座らせてもうつむいたまま食べようとしない冬獅郎。
遊子と夏梨と一心と3人掛かりでなんとか食べさせた。
ほとんど残してしまったが。
もういらないのかと聞くと、一護の分だと言って蓋の代わりなのか新聞を持って来て、自分の残した食事の上にかけた。
しょうがないのでしばらくそんままにしておくことにし、遊子は他の食器を片付け始めた。
その後はまた玄関へ行こうとする冬獅郎を夏梨が引き止め、一緒にソファに座らせてテレビをつけた。
冬獅郎はずっと玄関へ続く扉を気にしているようで、ずっと落ち着かなかった。
『ただいまー…』
玄関の開く音とともに聞こえた声に、ソファの上でクッションを抱きしめてじっとしていた冬獅郎がパッとソファから飛び降り、玄関へ向かって走った。
『いちご!』
玄関に座ってスニーカーの紐をほどいていた一護の背中に冬獅郎は飛びつき、一護はその衝撃でつんのめりかけた。
『うわっ!冬獅郎!まだ寝てなかったのか…』
『いちご!おそぉい!』
『ごめん…冬獅郎、飯はちゃんと食ったか?』
『くった!いちごは?いちごのごはんオレとっといた』
『とっといた?お前また残したのか?ダメだぞちゃんと食べないと…おっきくなれないぞ?』
『いーの!いちごのごはん!』
『…そっか…ありがとな』
自分はバイト先で夕食を済ませて来たのだが、もう一度晩飯を食べることになりそうだと一護は軽くため息をつき、必死に足にしがみついてくる小さな身体を抱き上げた。
そうすると一護の首筋に小さな頬がすり寄って来る。
ふわふわの髪がくすぐったい。
服を着替えリビングに行くと、テーブルの上には広げられた新聞があり、その下にどうやら冬獅郎がとっておいてくれたらしい一護の食事。
ぱたぱたとテーブルに走り寄り、新聞をばさりとめくってくれる冬獅郎。
そのまま椅子に座って、『早く食べろ』と言わんばかりに一護を見ている。
しょうがないので冬獅郎の残した冷めきった夕食を腹に押し込んだ。
『おい…冬獅郎もう寝なきゃじゃんか…風呂は?』
『いちごとはいるもん』
『はいはい』
時間を見ればもう22時を回ろうとしていた。
バイトが21時までなので当たり前といえばそうなのだが。
こんな時間まで起きていては明日の朝が大変だ。
慌てて風呂に入れたが、湯船に浸かっている途中で、冬獅郎は眠くなったのか一護の膝の上で寝入ってしまった。
(やべーなー…こんなん続いたらたいへんだぞ…)
しかし、今日から始めたばかりのバイトをやめる訳にもいかない。
冬獅郎が早くこの環境に慣れてくれるのを待つしか無かった。
すっかり眠ってしまった冬獅郎を抱え風呂から上がる。
初めてのバイトで一護も疲れてはいたが、明日の予習と宿題も片付けねばならなかったので、冬獅郎をベッドに寝かせ、盛大に欠伸をしながら机に向かった。
明日もバイトだ。自分も早くこの状況に慣れなければ…と一護は思いながら数学のノートをめくった。
次の日も全く同じ状態だった、
相変わらず冬獅郎は玄関で一護を待ち、夕食をほとんど一護の為にと残す。
そしてその次の日も同じだった。
アルバイトを入れていない日、早く帰った一護は玄関先にしゃがみ込んでいる冬獅郎を見つけ、驚いて駆け寄った。
『おかえりいちごー』
『何してんだよ!風邪でもひいたらどうすんだ!』
抱きついてくる冬獅郎の小さな背中を撫でながら、遊子から聞いていたことが本当だったと確認した一護。
しかしさすがに外まで出てくるとは…。
いくら春になって多少暖かくなったとはいえ、夕方はまだまだ冷えるし、何より郊外とは言っても、いつどこに変な輩が現れるか分かったもんじゃない。
『冬獅郎?ちゃんと家の中にいなきゃだめだぞ?病院が終わるまでならいいけど…病院終わったら家の中にいるんだぞ?』
『うん…でも…』
『でも?』
『いちごいっつもおそいから…いちごさらわれちゃうから』
『な…』
自分が心配していることと同じ心配をこの子供はしていた。
そんな優しい冬獅郎に一護は胸が熱くなったが、そんなことよりこの子の方が心配だ。
『冬獅郎?オレは大丈夫だから…あのな?一回みんなでレストラン行ったろ?』
『れすとらん?』
『ほら…冬獅郎がおっきなホットケーキ食べたろ?遊子と同じの』
『!たべた!おっきいほっとけーき!』
『そうそう、オレ今あそこで働いてるんだよ。だから帰りが少し遅くなるんだ』
『いちご…はたらいてんの?』
『そうだ。それにごはんも食べさせてもらってるから、冬獅郎は自分の分しっかり食べていいんだぞ』
『いちごほっとけーきたべてんのか?』
『え…?あぁ…まぁ違うけど…今度買って来てやるからな?だから冬獅郎はちゃんとご飯食べて、お風呂入って寝てるんだぞ?』
『…うん』
ホットケーキの話を聞いて少し明るくなった冬獅郎の表情がまた曇る。
『いちご…またおそくかえってくる?』
『うん…ごめんな…明日は遅いんだ』
『ふーん…』
すっかり項垂れてしまった冬獅郎を一護は困ったように見つめていたが、立ち上がって冬獅郎を促し家に入った。
そして、やはり一護がいれば冬獅郎はよく食べて、さっさと一護と一緒に風呂に入り、きちんと20時には寝てくれた。
『さすがだね…いちにぃ…』
『ほんとーにおにーちゃんの言うことはよく聞くねぇ…』
『感心してる場合じゃねーだろよ…このまんまじゃあいつなにすっかわかんねーし』
『そうなんだけどね…』
『明日は冬獅郎くんの好きな夕ご飯にするね!オムライスでいいかな』
『あぁ…頼んだぜ。明日はオレ少しバイト長いから…』
明日は金曜日ということで、夜はレストランも混雑が予想された。
なので一護は店長に頼まれ、高校生が働けるぎりぎりの22時までシフトを入れたのだった。
だがそのかわり土日は大学生が多数シフトを入れることもあって、一護は休みにしてもらっていた。
冬獅郎とたくさん遊んでやろうと少し浮かれてもいた。
だから、夕方自分が余計なことを冬獅郎に教えてしまっていたことにも気づいていなかった。
金曜日放課後早速一護はアルバイト先へ向かっていた。
だんだんと仕事にも慣れて来て、皿洗いだけでなくホールにも出してもらえるようになっていた。
まだまだ覚えることも沢山あって大変だったが、全ては来月の家族旅行のため。
喜ぶ冬獅郎の顔が見れるなら皿の100枚や200枚いくらでも洗ってやれる気がした。
俄然やる気になって、バイト先のレストランの裏口から元気に『おつかれさまです!』と中に入って行く一護だった…。
その頃、またしても冬獅郎は玄関先でしゃがんで一護の帰りを待っていた。
まだ病院は開いているので、一心は冬獅郎を心配しながらも、患者が出入りするし、窓から小さな背中が見えるので、目を離さないように注意しながら仕事に励んでいた。
『いちご…』
玄関先に生えた雑草をぶちぶち千切りながら一護の帰りを待つ冬獅郎。
その時黒崎医院の前を自分と同じくらいの子供と母親が手をつないで歩くのが見えた。
楽しそうに歩く親子の会話が聞こえる。
『ママ!今日はパパお迎えに行くの?』
『そうね…パパ今日はみんなでご飯食べに行こうって言ってたからお家帰って着替えたらパパのお迎え行きましょうね』
『うん!パパのお迎え!』
そんな楽しそうな会話をききながら、はっとしたように冬獅郎は顔を上げた。
『いちご…おむかえ…』
そう呟いた冬獅郎は立ち上がって、握っていた草から手を離し、ふらふらと門の方へ歩いていった。
その時一心はちょうど横になった患者の子供の具合を見ていて、窓は後ろで全く見えない。
冬獅郎が門を出て行ったのに気づくのはだいぶ時間が経ってからのことになる。
冬獅郎はよたよたと門を出て道路を歩きながら、前にみんなで行ったレストランの場所を目指していた。
…といってもその時は車で行ったし、うっすらと覚えているのはレストランの外観と広い駐車場。それにホットケーキだった。
道順なんてものはさっぱりわからなかったが、そんなことより一護のおむかえに行って一護を喜ばせたかった。
そして何より自分が一護に早く会いたかった。
昨日一護はいつもより帰りが遅くなると言っていた。
どのぐらい遅いんだろう。
夜になって、夜が終わって朝になってからだろうか。
それとももう一回夜が来ないと一護は帰ってこないのでは…と考えながら一護の帰りを待っていたのだ。
しかし、家の前を通った親子の会話を聞いたのと、一護がいる場所は一護自身から聞いていたので、自分から会いに行けばいいのだ…と小さな子供は思いついたのだ。
冬獅郎が家からいなくなったのはまだ日が傾きかけた頃。
一護が必死にレストランの夜のピークに合わせ仕込みをしている頃。
遊子が学校の宿題を終わらせて夕食の支度でも始めようかと思っていた。
夏梨はまだ河原で仲間とサッカーをやっている時間。
一心は転んで膝とおでこを思いっきり擦りむいた子供の手当をしていた。
冬獅郎は自分の記憶にあるレストランの外観だけを頼りに、一護のアルバイト先を目指す。
一護に会いたい一心で、近所の怖い犬の前も頑張って通過した。
怖かったけどたくさん車の通る大きな道路もなんとか渡った。
きょろきょろと周りを見渡しながらレストランを探す。
小さな冬獅郎の足では30分はかかってしまうであろうレストランはまだまだ遠い。
少し家から離れてしまって不安になったが、ちっちゃな手をぎゅっと握りしめ、『いちごのおむかえにいくんだ!』と気合いを入れる。
だんだんと夕日が沈んで辺りが暗くなってくる。
大きな空に一番星がきらきらと輝いて小さな子供を勇気づけてくれた。
長いな…。続く。
放課後、帰り支度をしていた一護にクラスメイトが声をかけてくる。
教科書をカバンに詰める手を止めず、一護は視線を上げ、
『わりぃ…今日からバイトなんだオレ』
『え?お前バイトすんの?なに?女でも出来た?』
『ちげーけど……』
興味深々な態度丸出しなクラスメイトに一瞥をくれ、一護は早々に教室を後にした。
アルバイト先のファミレスは一護の通う学校から歩いて15分程。
学校帰りの生徒もよく立ち寄るところなので、からかわれるのが心配だったが、他に良いバイト先も無かったのでここにした。
一護の家と学校、そしてバイト先の店を繋ぐときれいな三角形になる距離だった。
一度家に帰って自転車で通おうかとも思ったが、冬獅郎に見つかっては家を出ることが出来なくなるので、仕方なく歩いて通う。
(あいつへーきかな…)
我ながら過保護だとは思うが、あの不安そうに一護を見上げてくる大きな目を思い出すと心配にならずにはいられない。
なにはともあれ今日からアルバイトが始まる。
余計なことを考えずにまず仕事を覚えなくては…と一護は一度大きく頭を振った。
『とーしろーくん?ごはんだよ?』
『……』
幼稚園から帰り、大好きな一護の帰りを今か今かと待っている冬獅郎に、遊子がおずおずと声をかける。
日が沈んだあたりから冬獅郎は玄関のマットの上にちょこんと膝を抱えて座り、一護の帰りを待っていた。
すぐに勢いよく玄関が開いて、冬獅郎は弾かれたように顔を上げたが、すぐにその表情は曇った。
『ただいま!』
と元気に帰って来たのは夏梨。
夏梨は靴を脱いで、持っていたサッカーボールを玄関の隅に置き、マットの上に座っている冬獅郎に
『とーしろー!そんなとこいないであっち行こう!』
と手を引こうとするが、冬獅郎は小さな手を思い切り振り回し、夏梨の手を取ろうとはしない。
夏梨はすぐに諦め、ため息をつくと靴下を脱ぎながら『先にお風呂入るから』と言い残し浴室に消えた。
『いち…ごぉ…』
まだ時計の針の読めない冬獅郎だったが、遊子が台所にたち、夕ご飯の準備をし始める頃にはいつも一護が帰ってくるのは知っていた。
玄関まで夕食のいいにおいが立ちこめ、遊子が冬獅郎を呼ぶ為に玄関へ出て来た。
『おにいちゃんね、今日からアルバイトなの。だから少し帰りが遅くなるんだって。だから先にご飯たべよう?』
『いちご…まだかえってこないの?』
『うん…あと…何時間かすれば帰るからね?ご飯…食べよ?』
『…うん』
なんとか冬獅郎を玄関マットから引きはがし遊子は小さな手を引いてリビングへ戻った。
椅子に座らせてもうつむいたまま食べようとしない冬獅郎。
遊子と夏梨と一心と3人掛かりでなんとか食べさせた。
ほとんど残してしまったが。
もういらないのかと聞くと、一護の分だと言って蓋の代わりなのか新聞を持って来て、自分の残した食事の上にかけた。
しょうがないのでしばらくそんままにしておくことにし、遊子は他の食器を片付け始めた。
その後はまた玄関へ行こうとする冬獅郎を夏梨が引き止め、一緒にソファに座らせてテレビをつけた。
冬獅郎はずっと玄関へ続く扉を気にしているようで、ずっと落ち着かなかった。
『ただいまー…』
玄関の開く音とともに聞こえた声に、ソファの上でクッションを抱きしめてじっとしていた冬獅郎がパッとソファから飛び降り、玄関へ向かって走った。
『いちご!』
玄関に座ってスニーカーの紐をほどいていた一護の背中に冬獅郎は飛びつき、一護はその衝撃でつんのめりかけた。
『うわっ!冬獅郎!まだ寝てなかったのか…』
『いちご!おそぉい!』
『ごめん…冬獅郎、飯はちゃんと食ったか?』
『くった!いちごは?いちごのごはんオレとっといた』
『とっといた?お前また残したのか?ダメだぞちゃんと食べないと…おっきくなれないぞ?』
『いーの!いちごのごはん!』
『…そっか…ありがとな』
自分はバイト先で夕食を済ませて来たのだが、もう一度晩飯を食べることになりそうだと一護は軽くため息をつき、必死に足にしがみついてくる小さな身体を抱き上げた。
そうすると一護の首筋に小さな頬がすり寄って来る。
ふわふわの髪がくすぐったい。
服を着替えリビングに行くと、テーブルの上には広げられた新聞があり、その下にどうやら冬獅郎がとっておいてくれたらしい一護の食事。
ぱたぱたとテーブルに走り寄り、新聞をばさりとめくってくれる冬獅郎。
そのまま椅子に座って、『早く食べろ』と言わんばかりに一護を見ている。
しょうがないので冬獅郎の残した冷めきった夕食を腹に押し込んだ。
『おい…冬獅郎もう寝なきゃじゃんか…風呂は?』
『いちごとはいるもん』
『はいはい』
時間を見ればもう22時を回ろうとしていた。
バイトが21時までなので当たり前といえばそうなのだが。
こんな時間まで起きていては明日の朝が大変だ。
慌てて風呂に入れたが、湯船に浸かっている途中で、冬獅郎は眠くなったのか一護の膝の上で寝入ってしまった。
(やべーなー…こんなん続いたらたいへんだぞ…)
しかし、今日から始めたばかりのバイトをやめる訳にもいかない。
冬獅郎が早くこの環境に慣れてくれるのを待つしか無かった。
すっかり眠ってしまった冬獅郎を抱え風呂から上がる。
初めてのバイトで一護も疲れてはいたが、明日の予習と宿題も片付けねばならなかったので、冬獅郎をベッドに寝かせ、盛大に欠伸をしながら机に向かった。
明日もバイトだ。自分も早くこの状況に慣れなければ…と一護は思いながら数学のノートをめくった。
次の日も全く同じ状態だった、
相変わらず冬獅郎は玄関で一護を待ち、夕食をほとんど一護の為にと残す。
そしてその次の日も同じだった。
アルバイトを入れていない日、早く帰った一護は玄関先にしゃがみ込んでいる冬獅郎を見つけ、驚いて駆け寄った。
『おかえりいちごー』
『何してんだよ!風邪でもひいたらどうすんだ!』
抱きついてくる冬獅郎の小さな背中を撫でながら、遊子から聞いていたことが本当だったと確認した一護。
しかしさすがに外まで出てくるとは…。
いくら春になって多少暖かくなったとはいえ、夕方はまだまだ冷えるし、何より郊外とは言っても、いつどこに変な輩が現れるか分かったもんじゃない。
『冬獅郎?ちゃんと家の中にいなきゃだめだぞ?病院が終わるまでならいいけど…病院終わったら家の中にいるんだぞ?』
『うん…でも…』
『でも?』
『いちごいっつもおそいから…いちごさらわれちゃうから』
『な…』
自分が心配していることと同じ心配をこの子供はしていた。
そんな優しい冬獅郎に一護は胸が熱くなったが、そんなことよりこの子の方が心配だ。
『冬獅郎?オレは大丈夫だから…あのな?一回みんなでレストラン行ったろ?』
『れすとらん?』
『ほら…冬獅郎がおっきなホットケーキ食べたろ?遊子と同じの』
『!たべた!おっきいほっとけーき!』
『そうそう、オレ今あそこで働いてるんだよ。だから帰りが少し遅くなるんだ』
『いちご…はたらいてんの?』
『そうだ。それにごはんも食べさせてもらってるから、冬獅郎は自分の分しっかり食べていいんだぞ』
『いちごほっとけーきたべてんのか?』
『え…?あぁ…まぁ違うけど…今度買って来てやるからな?だから冬獅郎はちゃんとご飯食べて、お風呂入って寝てるんだぞ?』
『…うん』
ホットケーキの話を聞いて少し明るくなった冬獅郎の表情がまた曇る。
『いちご…またおそくかえってくる?』
『うん…ごめんな…明日は遅いんだ』
『ふーん…』
すっかり項垂れてしまった冬獅郎を一護は困ったように見つめていたが、立ち上がって冬獅郎を促し家に入った。
そして、やはり一護がいれば冬獅郎はよく食べて、さっさと一護と一緒に風呂に入り、きちんと20時には寝てくれた。
『さすがだね…いちにぃ…』
『ほんとーにおにーちゃんの言うことはよく聞くねぇ…』
『感心してる場合じゃねーだろよ…このまんまじゃあいつなにすっかわかんねーし』
『そうなんだけどね…』
『明日は冬獅郎くんの好きな夕ご飯にするね!オムライスでいいかな』
『あぁ…頼んだぜ。明日はオレ少しバイト長いから…』
明日は金曜日ということで、夜はレストランも混雑が予想された。
なので一護は店長に頼まれ、高校生が働けるぎりぎりの22時までシフトを入れたのだった。
だがそのかわり土日は大学生が多数シフトを入れることもあって、一護は休みにしてもらっていた。
冬獅郎とたくさん遊んでやろうと少し浮かれてもいた。
だから、夕方自分が余計なことを冬獅郎に教えてしまっていたことにも気づいていなかった。
金曜日放課後早速一護はアルバイト先へ向かっていた。
だんだんと仕事にも慣れて来て、皿洗いだけでなくホールにも出してもらえるようになっていた。
まだまだ覚えることも沢山あって大変だったが、全ては来月の家族旅行のため。
喜ぶ冬獅郎の顔が見れるなら皿の100枚や200枚いくらでも洗ってやれる気がした。
俄然やる気になって、バイト先のレストランの裏口から元気に『おつかれさまです!』と中に入って行く一護だった…。
その頃、またしても冬獅郎は玄関先でしゃがんで一護の帰りを待っていた。
まだ病院は開いているので、一心は冬獅郎を心配しながらも、患者が出入りするし、窓から小さな背中が見えるので、目を離さないように注意しながら仕事に励んでいた。
『いちご…』
玄関先に生えた雑草をぶちぶち千切りながら一護の帰りを待つ冬獅郎。
その時黒崎医院の前を自分と同じくらいの子供と母親が手をつないで歩くのが見えた。
楽しそうに歩く親子の会話が聞こえる。
『ママ!今日はパパお迎えに行くの?』
『そうね…パパ今日はみんなでご飯食べに行こうって言ってたからお家帰って着替えたらパパのお迎え行きましょうね』
『うん!パパのお迎え!』
そんな楽しそうな会話をききながら、はっとしたように冬獅郎は顔を上げた。
『いちご…おむかえ…』
そう呟いた冬獅郎は立ち上がって、握っていた草から手を離し、ふらふらと門の方へ歩いていった。
その時一心はちょうど横になった患者の子供の具合を見ていて、窓は後ろで全く見えない。
冬獅郎が門を出て行ったのに気づくのはだいぶ時間が経ってからのことになる。
冬獅郎はよたよたと門を出て道路を歩きながら、前にみんなで行ったレストランの場所を目指していた。
…といってもその時は車で行ったし、うっすらと覚えているのはレストランの外観と広い駐車場。それにホットケーキだった。
道順なんてものはさっぱりわからなかったが、そんなことより一護のおむかえに行って一護を喜ばせたかった。
そして何より自分が一護に早く会いたかった。
昨日一護はいつもより帰りが遅くなると言っていた。
どのぐらい遅いんだろう。
夜になって、夜が終わって朝になってからだろうか。
それとももう一回夜が来ないと一護は帰ってこないのでは…と考えながら一護の帰りを待っていたのだ。
しかし、家の前を通った親子の会話を聞いたのと、一護がいる場所は一護自身から聞いていたので、自分から会いに行けばいいのだ…と小さな子供は思いついたのだ。
冬獅郎が家からいなくなったのはまだ日が傾きかけた頃。
一護が必死にレストランの夜のピークに合わせ仕込みをしている頃。
遊子が学校の宿題を終わらせて夕食の支度でも始めようかと思っていた。
夏梨はまだ河原で仲間とサッカーをやっている時間。
一心は転んで膝とおでこを思いっきり擦りむいた子供の手当をしていた。
冬獅郎は自分の記憶にあるレストランの外観だけを頼りに、一護のアルバイト先を目指す。
一護に会いたい一心で、近所の怖い犬の前も頑張って通過した。
怖かったけどたくさん車の通る大きな道路もなんとか渡った。
きょろきょろと周りを見渡しながらレストランを探す。
小さな冬獅郎の足では30分はかかってしまうであろうレストランはまだまだ遠い。
少し家から離れてしまって不安になったが、ちっちゃな手をぎゅっと握りしめ、『いちごのおむかえにいくんだ!』と気合いを入れる。
だんだんと夕日が沈んで辺りが暗くなってくる。
大きな空に一番星がきらきらと輝いて小さな子供を勇気づけてくれた。
長いな…。続く。
「高校生一護と園児チビ」
『オレ…バイトするわ…』
そう、ため息と共に吐き出した一護の目の前には、家計簿を真剣に見つめながら
うんうん唸る遊子。
隣には何十種類という旅行パンフレットの中から予算内の格安パックを漁る夏梨と一心。
そして少し離れたリビングの床には、高額で手の届かなかった旅行のパンフレットでなにやら折り紙のまねごとをしている冬獅郎。
来月に控えた連休に、家族で3泊程度の旅行をしようと言い出したのは父親。
普段は自分が病院を経営していることもありなかなかまとまった休みもとれない。
去年までは別に誰も旅行などと口に出すことも無かったし、日帰りでどこかに遊びに行けばそれで満足だったのだが。
一心はそれなりにそんな子供達を気にしていたようだ。
昨年この家にやってきた冬獅郎。
黒崎家の4人が頭を抱えているのはこの無邪気に旅行パンフレットを折ったり広げたりしている子供が原因だった。
先日冬獅郎を含めた5人で大型のショッピングモールへ買い物へ行った時のこと。
この家に来てもうすぐ1年になろうというのに未だに一護以外には何かと遠慮しがちな冬獅郎が、旅行代理店の前で立ち止まり、壁一面に貼られた、雲の上を飛ぶ飛行機の写真をキラキラした目で見上げ、『あれ!乗りたい!』と珍しくも大きな声を上げ指差した。
そのまま冬獅郎は一護のトレーナーの裾を引っ張りながらその写真の元へ連れて行き、乗りたい乗りたいと繰り返した。
普段は滅多に見ない冬獅郎のその興奮した姿に一護は驚いてただ『あぁ…』と答えるだけだったが、遊子や夏梨までもが乗ってみたいなどと言い出した。
しばらく後ろで傍観していた父親が、それならみんなで旅行に行こうと言い出した。
善は急げと、あれこれパンフレットをかき集め、南に行きたいだの北で今有名な動物園に行きたいだのと言い合いながら家に帰った。
海外はさすがにムリだったので、国内で…と早速家に帰った一行はパンフレットを広げ、物色を始めたのだったが……。
黒崎家はそれほど家系が苦しいわけではない。
だが、今まで自分からあれが欲しい、どこへ行きたいなどと言ったことの無い子供達だったし、何よりもこの家に来て初めての冬獅郎からのおねだりに父親を初め、全員がせっかくなのだから…と出来るだけいろいろなプランを盛り込もうとした結果、想像を多少超えた出費になりそうだ…ということだった。
飛行機に乗らず近場で済ませれば、全員の意見を聞き入れられるところはいくらでもあるのだが、肝心の冬獅郎のおねだり「飛行機に乗りたい」が達成されなければ意味が無い。
あーだこーだと頭を悩ませた結果、何ヶ月か貯金すれば簡単に解決できそうなことは判明したが、大きな連休は来月に迫っていたし、その先何があるか分からない。
うえに、冬獅郎の興味があるうちに飛行機に乗せ喜ばせてあげたいし、それで家族ともっともっと打解けてほしかったから、急ぎたかったのだ。
仕方が無い、と旅行の日程を短くするしかないかな…と遊子が呟いた顔があまりにも可哀想で、一護はいたたまれなくなった。
そこで思いついたのが、「自分がバイトすること」だった。
旅行代金は現在の貯金を切り崩し、減った分は一護が稼いで貯金に戻す…という考えだ。
『おにいちゃん…そこまでムリしなくても…』
『だいじょーぶだって!心配すんな!バイトの一つや二つ…』
『そうじゃなくて…』
そう言った遊子の視線の先には旅行パンフレットで紙飛行機を作って飛ばす冬獅郎の姿。
『まぁ…しばらくは我慢してもらうよ…こいつの為だしな』
『うん…でも…』
遊子の心配も分かる。
何しろこの子供は一護にしかなついていない。
家族にはだいぶ慣れてはきたが、慣れた…という程度で、完全に心を許していないのは誰もが知っていた、
早く全員に慣れてほしいが、急いでどうこうなるものでもないし。
しかし、一護はいい機会だとも思った。
少しは自分のいないこの家に慣れてもらい、更に旅行でみんなともっと仲良くなれれば…。
『ま、とにかく明日からバイト探すよ』
『うん、ごめんねおにいちゃん』
『すまんなー一護!父さんがもっと稼いでためておけば…冬獅郎くんのことは心配するな!父さんが全身全霊で毎日可愛がっておくからな!』
『それはヤメロ…』
そうしてなんとか当初決まりかかっていたプランで旅行を申し込むことに決定し、一護は早速翌日からバイト探しを始めることとなった。
そんなことはつゆ知らず、学校の帰りにバイトの面接に寄ったため帰りの少し遅くなった一護に、ご飯を食べないで待っていた冬獅郎が満面の笑みで抱きついた。
『おかえりぃ!いちご』
『ただいま』
『いちごぉ…おなかすいたー』
『悪ぃ…遅くなってごめんな?』
『はやく!はやくくおう!』
『はいはい…待ってろ着替えてくっから』
『うん』
元気に返事する冬獅郎の頭を撫でて一護は着替える為に自室へとむかう。
その後ろからちょこちょことついてくる冬獅郎がたまらなく可愛らしい。
(オレがバイト始めたらこいつ大丈夫かな…)
あまりにも自分にべったりなこの子をほったらかしにするのはやはり気が引けたが、別に家にひとりぼっちにさせる訳でもないし、毎日働く気もなかったから大丈夫だろうということにした。
一護が着替えている間もとたとたと一護の周りを走り回り、一護の脱いだ制服を引っぱり回している。
『こら!冬獅郎!しわになるだろ!返せ!』
『やだー!』
追いかけて制服を取り上げても冬獅郎は拗ねるでもなく、今度は一護の足に抱きついてきてくりくりした大きな瞳で見上げ、
『ごはんー!』
と急かしてくる。
あまりに可愛らしくて、一護は思わず抱き上げふわふわのほっぺにキスをした。
『えへへ…くすぐったいー!』
むずがりながら笑う愛らしい姿に、一護も微笑んだ。
二人きりだとこんなにもよく笑うし、元気もいいのだが、他の誰かが混じったり、幼稚園ではなぜあんなにも人見知りなのかが不思議だった。
一護的にはこんなに可愛らしい、愛しくて仕方ない子が自分だけになついてくれるのは嬉しかったが、いつまでもこのままではいけない、とも思っていた。
そんなことを考えながら、一護は冬獅郎を抱き上げたままリビングへ降りて行く。
翌日、家からさほど遠くないファミレスから、先日の面接の結果の電話が入った。
結果は採用。
早ければ明日からでも研修に来てほしいという。
一護は承諾した旨を伝え、電話を切った。
初めてのアルバイトに期待と不安が入り交じる。
足下では、冬獅郎がしっかりと一護のズボンを握りしめ、何事が起きたのかと不安そうにじっと視線を送ってくる。
一護はしゃがんで冬獅郎の小さな両肩に手を乗せ、顔を覗き込んだ。
冬獅郎はきょとんとした目で一護を見つめ返してくる。
『冬獅郎、オレ明日からアルバイトするんだ。』
『?あうばいと?』
初めて発音する言葉がうまく言えないところが可愛らしい。
『ああ、だからな帰りが今までより遅くなっちまうんだ。冬獅郎いい子だから、遊子と夏梨と一緒に遊んでてくれな?ちゃんと飯も食うんだぞ?』
『…うん?』
なんだか良く分かっていない顔だが、いい聞かせられて返事だけはした。
学校が終わってからのシフトなので、帰りはどうしても遅くなってしまうし、食事補助もあるという話なので、一護はバイト先で夕食をとるだろうと考えていた。
今までは学校の用事で遅くなったりしていても、冬獅郎は一護を待って一緒に食事していた。
一護と一緒でなければ食べない、という訳ではないが、遊子の話では言い聞かせるまでなかなか大変なようで、食べ始めてもほとんど残してしまうと言う。
なんだかとてつもなく不安になってきたが仕方が無い。
このまま一護が面倒見続けていては自立出来ない子になってしまう。
自分からまず子離れしなくては…と一護は大げさにうなだれた。
『いちご…あしたおとまりなの?』
『え?いや…違うんだ』
どうやら半年程前の自分の「お泊り保育」のようなものに一護が行くのかと聞いているらしい。
『ちょっと帰りが遅くなるだけだから、ちゃんと帰ってくるよ』
安心させるように頭をポンポンと叩くと、両手を自分の頭に乗せ『へへ…』と笑う冬獅郎。
冬獅郎が理解しているかは定かではないが、とにかく明日からバイトが始まる。
期待と不安、そして大きな心配を抱えながら一護は冬獅郎を連れて風呂へ入ることにした。
続くけども。
どんどん頭が弱くなる日番谷隊長。
困った。
どうしようw
最近修兵さんにどぎまぎしているハナちゃんが夜なべして作ったwカワユいにゃんこちゃんを貼付けてみる。
カワユ…www
カワユ…www